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愚かな毒鼠どもの眠れない夜 10



10.裏切り

 車で走ること十五分。ようやく目隠しを外された。市内から外れた、目の前に無言でそびえる明かりひとつ点いていない廃墟ビル。周囲は物音ひとつしない。
 いかにもアングラ風のシチュエーションに、思わず苦笑いする。この期に及んでまだ、心のどこかでは大事には至らないと思っている。手錠すら一度も外してもらえていないのに。
 廃墟ビルに押し込まれる。外見はかなりボロくて汚いビルだが、中は奇麗に整理されていた。昼間には、いくらか人の出入りもあるのだろう。
 非常口を示す明かりに、小さな羽虫やカメムシが誘われてきて、忙しく舞ったり、筐体のプラスチックにとまって、のそのそ這い動いたりしている。夏が過ぎて秋に差し掛かった頃。気温が下がりだし、夜は冷えるようになっていたが、虫はまだ多い。
 健次が床に唾を吐いた。目が怒りに燃え滾っている。
「小便、させてくれ」
 祐輔の言葉に、前を歩く新井が振り向いた。
「我慢の限界なんだ。このままだと漏らしちまうぜ。
「そのままズボンの中にお漏らししろよ」と入って、新井が嗤う。手錠が外された隙に逃げようと思っていたが、見え見えだったようだ。
 ずっと後手に拘束されているせいで、肩から先の感覚が既になく、腕が冷たく重い。
 健次は黙ったまま、前を向いている。怒りを腹の中に溜め込んで入るようだ。こうなると、健次は恐ろしい。連中の隙を見て大暴れする気なのだ。
 ヤクザになんか負けてたまるか。心の中で自分に言い聞かせ、萎れていく一方の闘志を奮い立たせる。
 棟方は二人への関心をすっかり失ったかのように、金属バットを持っている副島と上機嫌で話している。
 棟方が椅子に座ってタバコを銜えた。副島は口笛を吹きながら、体ごと捻るようにしてバットを振っている。
 戸が開き、新井が入ってきた。祐輔や健次と同じように背中の後ろで手錠を掛けられた、若い男を連れている。遊び慣れた雰囲気の、茶髪で褐色に日焼けした男だった。暴行されていたらしく、一方的に殴られ続けたボクサーのように顔は腫れ上がり、顔面血だらけになっている。ストリート系のTシャツやパンツが血で汚れ、ボロクズのようだ。髪のあちこちが、血に濡れてから乾いたせいで、汚らしく束になって固まっていた。
 男は新井に背中を突き飛ばされ、祐輔と健次の前にひざまずく格好になった。
 ほとんどふさがった目で棟方たちを見上げ、命乞いの表情を浮かべる。
 かすれた声で何か言うと、衰えきった老婆の繰り言のように聞こえる。歯がほとんど折られているようだ。
 棟方は若い男を靴のつま先で小突いた。
「こいつ、俺たちのシマで、何やったと思う?」
 楽しそうに祐輔と健次に言う。副島がビュンビュンと風を切る音を立てながら、フルスイングの素振りを繰り返している。
「こいつ、ヤクの売人でな。スマホのアプリ使って手広くやってたのよ。まあ、仲間内で使うくらいなら俺らも見逃してやらんでもないが、ちょっと無視できない量でさ。ずいぶん儲けてたんだよ。な?」と、若い男に訊く。
「あげくの果てにアルジェリア人だかそういう連中雇って、俺らのやってる店で暴れさせるし、組のもんが経営してる店乗っ取ろうとするわで、そこまでやられちゃ、俺らも黙ってるわけにはいかないわけよ。そうだろ?」
 男が何か言っている。はっきりと聞こえないが、助けてくださいと命乞いをしているようだ。
 棟方がおどけて口まねをすると、副島と新井は大笑いした。すると棟方は、いきなり真顔になって、若い男を怒鳴りつける。
「ヤクザなめてんじゃねえぞコラ! あぁ?」
 若い男は黙り込んでしまった。
 棟方は祐輔と健次の方に向き直った。
「組と共同事業契約を結んだ中国の連中もカンカンだし、俺らとしても何とかしなきゃと思って、薬の出所を調べてみたわけ。そしたらさあ……」
 祐輔の目を反応を伺うように見つめる。
「どこだったと思う? お前は当然、分かってるよな?」
 答えなかった。健次も黙っている。
 ヤクの売人、アルジェリア人。祐輔には見当がついていた。おそらく、健次も。
「デビルスカルって店。おまえら、知ってるだろ。カフェバーっていうの? マスターの斉藤茂樹っての、大した奴じゃねえかよ。アメリカ帰りだったけな。仕入れも販路も自分で開拓してここまで手広げるなんて、なかなか出来ることじゃねえよ」
 デビルスカルは半分趣味で、半分は隠れ蓑のようなもの。
 茂樹はカフェバー一店を経営していくだけで満足するような男ではない。本当は何を目指しているか、祐輔も薄々は感づいていた。
 美由紀は、いったいどこまで知っているのだろうか。
 棟方は続ける。
「斉藤茂樹ってやつが元締めなわけだから、俺らとしちゃ、そいつをどうにかしなきゃいけないわけだろ? どうすりゃいいだろって考えながら、さらに色々調べてる途中でさ、お前ら二人の存在を知って目を付けたのよ。特にお前、中上祐輔だっけ? お前は斉藤と特に仲が良くて、近寄って変なことしても怪しまれないらしいし……そこまで知ってんだぜ? 驚いただろ、ヤクザの情報収集能力」
 若い男の命乞いがまた始まる。棟方はそれを無視した。
「で、今回の件だろ? これは利用しない手はねえじゃん。いいか? 俺らはむしろ、お前らを助けてやろうとしてんだぞ? 大金を目の前にしてしくったうえに、警察にも追われることになったお前らは、もう会社には戻れねえ。だから、俺らヤクザが助けてやるってんだ。頼まれたことさえやってくれたら、食い扶持あてがってやるし、見つからずに住める家や新しい名前をくれてやってもいい。何なら整形でもして顔を変えるか? 全部タダでやってやるって言ってんだぜ、頼まれたことをやってさえくれたらな。こんなにいい話はねえだろ、な?」
「てめえ、俺たちに何やらせてえんだ? 奪われた三千万の落とし前つけんじゃねえのかよ。茂樹さんの件は無関係だろ?」
 棟方が、また笑った。
「お前、ヤクザの情報網、舐めすぎ」
 腹の中が熱くなってきた。まさか……。
「気づいたか、糞野郎」棟方が勝ち誇ったように笑う。
「お前、ヤツに喋っただろ?」
「そ、そんなはずは……」
 喋ったのは、爺さんの隠している三千万を狙っていることだけだ。いつ襲撃するか、どこで金を受け取るか、肝心なことは何も話していない。
「まあ、お前がころっとハメられたのも仕方ねえ。斉藤茂樹っての、結構やり手なんだろ?」「ハッタリだ!」健次が叫んだ。「だまされるなよ、祐輔! 茂樹さんが俺たちを裏切るわけ、ねえだろ!」
 自分への憤り。
 健次がどれだけ茂樹を尊敬してるか、祐輔には分かっている。そして茂樹は、祐輔の目標でもあった。
 目の前の棟方に怒りをぶつけてやりたいが、できない。
 健次のように絶叫したくなる衝動を、ぐっと奥歯を噛みしめてこらえる。
 祐輔は気づいていた。棟方は嘘を言っていない。

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