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愚かな毒鼠どもの眠れない夜 13



13 初めての殺し

 一つだけの窓に厚いカーテンが引かれていて、窓の外に明かりは洩れていない。
 静まり返った店内。いつも店内を満たしている喧しい音楽は流れていない。普段と違うデビルスカルの雰囲気に、緊張感が増していく。
 バーボンを注いだグラスがテーブルに二つ。ちょうど強い酒を呷りたい気分だった。目の前の茂樹に心の中を見透かされそうな気がして落ち着かない。
 度胸と暴力と鋭く切れる頭。そしてしたたかさ。これらを武器に、茂樹は会社でのし上がってきた。そして、自由になりたいと言って会社を辞めた。今は会社から身を引いていると聞いているが、裏ではまだつながっているかもしれない。会社がそう簡単に茂樹を手放すはずがないのだ。茂樹にしても、会社とつながっているメリットはある。そう考えると、会社とグルの可能性だってあるのだ。
 顔を上げて茂樹と目を合わせることが出来ない。テーブルに置かれたグラスを見つめてばかりいる。自分の鼻息の音ばかりが聞こえている。
 美由紀の姿はなかった。出かけているらしい。
 ちょうど良かった。
「で、これからどうすんだよ」
 祐輔が黙っていると、茂樹が口を開いた。
「黙ってちゃわからんだろ」
「わかりません……」
「じゃあ、質問を変えるぞ。こんなザマになったことはなったこととして、お前の今の気持ちはどうなんだよ。このまま逃げてたって、会社は絶対許してくれねえんだ。それくらいお前にだって分かってるはずだ。お前はこれからどうしたいんだ?」
「わかりません……」
 成功したい。
 ビッグになりたい。
 茂樹と同じ、いや、茂樹を超えるくらいに。
 ここでくたばるわけにはいかない。
「別に俺は、責めてるわけじゃねえんだよ。でもお前、マジで分かってる? 今の状況、超やべえから。会社は怒ってるし、土下座して謝っても許してくれる状況じゃねえよ。警察もガチで動いてるしよ。だいたい、もし警察がお前らの後をつけてて、この店に事情聴取に来たりしたらどうしてくれんだよ」
「すんません……」
 またも沈黙。
「俺、お前に期待してんだぜ」
 ようやく顔を上げて表情を窺う。茂樹は心から怒っているわけではない。トラブルの相談をされるのは、実は嫌いではないのだ。
 弟分の不始末を巧く尻拭いしてやれば、器のデカイ兄貴分の評判を得られる。仕事上で何かと有利になるだけではない。他人から大物として扱われるのは、ある意味、セックスやクスリより気持ちがいい。いくら女とヤッてもどれだけヤクをキメても、本当の意味での自己承認欲求までは満たされない。
「会社に入ってきた頃からさ、お前、見所あったわけよ。仕事は真面目に頑張るし、度胸もあるし、力だけじゃなく頭も使おうとするし。仲間の面倒もちゃんと見るしな」
 誉められたわけでもないのに、媚びるように頭をひとつ下げる。
「俺が会社で大変だった時も、お前だけは離れずに、飯とか誘っても、ちゃんとついて来てくれたしな。お前は気付いてたかどうか分かんないけど、あのときの俺、お前にめっちゃ助けられてたんだぜ? だから俺が会社から抜けるって決めた時、お前に後継がせたいって思ったんだろうがよ」
 祐輔は動揺を気取られぬよう目を伏せる。クールになれと自分に言い聞かせ、これからしようとしていることを、頭の中でリハーサルする。昨日から何度も繰り返しているが、もう一度、念のために。
「マンソウリんとこに行けよ」と、茂樹が言う。
「え?」
「俺の知り合いのアルジェリア人、知ってんだろ? この店でお前も会ったことあるだろ。こっそり連絡しといてやるよ。あいつら親戚とかめっちゃ多いし、コミュニティっつうの? 仲間同士で集まって暮らしてっからさ。どっかにうまく匿ってくれんだろ」
 茂樹がクスリを売っている相手か、売人として使っている連中か、あるいはその両方なのだろう。コミュニティを通じて販売先も広げてくれる。管理さえきちんと出来れば、自由に操る手先にするのに在日外国人は打ってつけなのだ。
 最初はわざとタダに近い値段でクスリを分けてやって、供給元であるこちらの存在がなければ生きていけないヤク中に仕立て上げる。逃げられないよう、借金も背負わせているのかもしれない。好意のふりをして家族が日本に根付けるよう生活資金を貸してやり、それを後から、あらゆる手を使って取り立てるという手もある。もちろん、利子もたっぷりつけて。見えない首輪や足枷をはめる方法はいくらでもある。
「とりあえず、ほとぼりが冷めるまでマンソウリんとこに隠れてろ。その間に俺が何とかしてやる。ま、生活費は何とかなんだろ。少しくらいは貯金もあんだろ?」
 祐輔がテーブルに両手をつく。深々と頭を下げて、額をテーブルに擦りつける。
「金貸してください、お願いします!」
「……はあ?」
「マジお願いします! 何でもしますから貸してやってください、お願いします!」
「何言ってんだよ、おめえはよ」
 茂樹が呆れて苦笑いを浮かべるのを見て、祐輔は直感する。
 笑ってごまかしてる。
「いくら貸して欲しいんだ?」
「三千万」
「はあ?」
「三千万出せば、会社は俺を許してくれるはずです」
 茂樹が爆笑した。
「貸してくださいよ。俺、殺されるかもしれないんすよ。可愛がってる後輩が、殺されてもいいって言うんすか」
「よせよ」
「茂樹さん、俺に貸せる金、あるじゃないですか、三千万」
「はあ? どういう意味だ?」
「まだここに置いてあるんでしょ? それとも、沖島に渡しちまったんですか?」
 茂樹が祐輔を睨みつけた。
「何を言いたいんだ?」
「言葉どおりの意味ですよ」
「てめえ、俺が横取りしたっていいてえのか?」
「何やったんです? クスリ結構売れてんでしょ? 金なんていっぱい持ってんじゃないんすか? それを、後輩裏切ってまで金横取りして。何かデカイ博打で大金スっちまったんすか?」
 突然、茂樹の拳が頬にめり込んだ。
「寝言いってんじゃねえぞ! コラァァァ! てめえの不始末の癖して、よりによって俺の仕業にしようってのかよ!」
 靴先が鳩尾にめり込む。思わず、膝を折った。次の蹴り。体を丸めて腹を守る。茂樹が狂ったように靴底を祐輔の背中に見舞った。
 尊敬していた兄貴分。しかし、今は弟分を罠に嵌めたただの卑怯者でしかない。失望はすぐに憤りに変わった。最後まで残っていた躊躇や迷いがその瞬間に消え失せ、行動への決意が固まる。
「今のお前がいるのは俺のおかげだろ? やんちゃしてたお前を引っ張ってやって、会社で目をかけて、一から仕事を教えてやったんじゃねえか」
「マジでリスペクトしてたっすよ。でも、裏切られてまで尻尾振れるほど、俺はお人よしじゃねえんすよ」
「てめえ、誰に向かって口訊いてんだ? ああ、こらぁ!」
 茂樹の蹴り。今度は脇腹に決まる。
「一から仕事を教えてくれたからわかるんっすよ、茂樹さんのやりかた。俺、喋りましたよね。襲撃役から金を受け取ること」
「だからなんだ。そんなこと、沖島だって知ってんじゃねえか」
 思わず笑った。
「何がおかしいんだ?」
「あの男に俺から金を横取りする度胸なんてないっすよ。それに、上層部の顔色ばかり窺ってる。会社の金かすめて自分の物にすればどんな目に合わされるか、あいつもよく知ってるんっすよ。でも、金は欲しい。あいつ、借金でもあるんすかね。それで茂樹さんに相談した。金は山分けって条件で。敵が多いんで、あいつが頼れるのは茂樹さんしかいねえんですよ」
「何、寝言いってんだ? ヤクのやりすぎで妄想見てんじゃねえよ」
「茂樹さんも金が必要だった。だから、ヤシマ組のシマのあがり、狙ってたんじゃないんすか?」
 不意打ち。茂樹の表情が微かに変わった。図星か。
「俺はお前がどこで金受け取るか、知らなかったんだぜ」
「自由に操れる奴隷なんて、茂樹さんの周りにはいっぱいいるじゃないっすか。クスリやるからあいつをずっと見張ってろって声かけたら、尻尾振って言うこと聞く奴、いっぱいいるんでしょ?」
「いい加減にしろよ、てめえ」
 茂樹が胸倉を掴んで祐輔を引き上げた。そっとポケットに手を入れる。ナイフの柄が指に触れる。何も考えなかった。本能のまま、体が動くだけだ。
 茂樹が祐輔の顔を殴った。一瞬の隙。腹筋を固め、ナイフの柄を腹に押し当てて、体ごとぶつかった。
 何かが突き抜けるような感覚。
 茂樹が脇腹を押さえ、とっさに離れた。右手に握ったナイフを見る。血。嘘のように赤かった。
「この野郎……」
 茂樹が膝を床についた。
 出血は少なかった。しかし、腹の中では出血が続いている。それはやがて茂樹の腹を膨らませるだろう。
 茂樹は最後に祐輔を睨みつけると、無言のまま床に倒れた。

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