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愚かな毒鼠どもの眠れない夜 17



17 ロクデナシの掟

 窓にスモークシートを貼ったバン。新井が黙って運転している。ハンドルが左ということは外車か。巨大な車体からすると、多分、アメリカのフルサイズバンだろう。
 祐輔は棟方や副島と同じ、後部の広々としたスペースに乗り込んでいる。
「お前は殺さねえよ。まだまだやって欲しいことがあるからな。お前らくらい度胸のある奴は、なかなかいねえからな」
 棟方が祐輔の肩を叩いた。車は静かに進んでいく。エンジン音はほとんど聞こえてこない。
「便利な道具にしようったってムダだぜ。俺はお前みたいなやつに使われんのが大っ嫌いなんだよ」
 横から副島の拳が飛んできた。祐輔の髪を掴んで引き寄せる。
「口の聞き方に気をつけろ。調子のんなよ、ガキが」
「下っ端が粋がってんじゃねえよ」
 副島の表情が変わった。
「やめろ、リョウ」
 棟方にたしなまれ、副島が髪を離した。棟方の腕に光る時計が目に入った。ロレックス。茂樹が持っていたのと同じ高級モデルだ。
 新井がカーラジオを着ける。音楽番組のDJが懐かしのアイドルソングについて語っている。
 棟方の視線に気づいた。
 落ち着いた静かな目で、祐輔の心の奥底を覗き込んで観察している。
「俺の顔になんか付いてんのかよ」
「てめえ……」
 唸る副島を棟方がちらっと見た。副島が視線を泳がせてうつむく。その様子を観て、背筋が冷たくなった。得体の知れない恐怖。副島は棟方を恐れている。
 カーラジオから曲が流れてきた。確か、絵美が好きだった曲だ。セックスの後、全裸で踊りながら歌っていたのを覚えている。
 死ぬのが怖いわけじゃない。しかし、この世にまだ未練はある。
 俺は生きたい。生きのびたい。まだ何もしていないのだ。死ぬわけにはいかない。とにかくこの先も生きていかなければならないのだ。
 この状況から脱出するにはどうする?
 このままだと棟方に使われるだけの悲惨な人生が待っている。やくざにいいように使われ搾取され、最後には保険金をかけられて事故に見せかけて殺される。そんな可愛そうな連中を、今まで何人も見てきた。
 自首はどうだ。事件の尻尾を掴んでいなくとも、警察も怪しんではいるはずだ。だったらタレ込もう。このままこいつらの言いなりになるより、刑務所に入る方がはるかにましだ。
 少年院と似たような場所だろう。すぐに慣れるだろうし、自分の身も守りやすい。力のある奴を仲間に取り込んで、出所したらつるんで金儲けをする。その頃には棟方たちも俺のことなんて忘れているか、どうでも良くなっているだろう。執念深く絡んできたときは新しい仲間とともにぶちのめしてやればいい。
 車窓の外を飛び去っていく街の灯がチラチラと明滅するせいで、薄笑いまで見て取れる。
「刑務所の中にも、俺らの身内はいっぱいいるしな」
 祐輔の心の中を覗いたかのような、爬虫類のような得体の知れない目つき。背筋がぞっとした。
 カーラジオの音楽番組が終わり、短いニュース番組が流れはじめる。
「……地方のニュースです。本日夕方ごろ……のカフェバー『デビルスカル』で遺体が発見されました。遺体はこの店のオーナー、斉藤茂樹さんと見られており……」
「もう見つかっちまったのか」
 棟方が独り言のようにつぶやいた。おそらく、美由紀が店に顔を出したのだろう。茂樹の死体を見て、美由紀は何を思っただろう。そして、今は何を考えて入るだろうか。
「殺人だぜ。お前、捕まったら死刑になるかもな」
「そのときはお前も道連れだ……」
 棟方が笑った。深いな笑い方だった。

 人気のない場所に車が入った。窓の外に倉庫が並んでいるのが見える。
 車が停まった。副島がドアを開ける。
「降りろ」といって、副島が祐輔の肩を掴んで引き摺り下ろした。運転席から降りた新井は棟方が座っている側の助手席のドアを開けた。
 倉庫の中から男たちが出てきた。人目で筋者とわかる連中たちだ。
 黒いスーツを来た男が出てきた。沖島が好みそうな高級スーツ。やくざの幹部クラスのようだ。
「棟方」
「ああ?」
 男のケリが棟方の鳩尾にきまる。
「何てことするんっすか? 吾妻さん」
 棟方を庇おうと出てきた副島の頬を殴りつけると、吾妻という男が棟方の胸倉を掴んだ。
「てめえ、兄貴分になんて口訊いてんだ?」
「返事しただけじゃないっすか」
「っせーなコラ」
 吾妻が棟方の顎に拳を叩きこむ。
「誰が斉藤を殺せといった」
「俺たちに黙って薬捌いてたんですぜ。俺の店に追い込みまでかけやがったんで、ケジメ着けたんっすよ」
 首のストレッチでもしているかのような格好で吾妻を見ている。
「俺のこと舐めてんのか? お前は俺の言うことだけ訊いてりゃいいんだよ」
「兄貴のいう通りにしたから、シャブの売り上げ半減したんじゃないっすか」
「斉藤を利用してこれから盛り返すところだったんだよ。この世界で成功するにぁ、二手三手先を読む力が必要なんだよ。そんなことだからあのスケベ親父から金奪うのしくっちまうんだよ」
「んだと、こらぁ!」
「口の聞き方気ぃつけろや!」
 足蹴りを食らわすが、棟方は引こうとしない。
「おい、道具持ってこい」
 吾妻が後ろで怯えた顔で立っている男を見た。
「お前もやくざの端くれなら、どうしたらいいかくらい、教わんなくても分かるだろうが」
 さっきの男が匕首を持ってきた。
 副島が前に出て、その場で正座すると、上体を折って吾妻の足下の地べたに額を擦りつけた。
「ホントすんませんした!」
「何でお前が謝んの?」
 棟方が言うと、新井も吾妻の前にかがんで土下座した。
「棟方さん、吾妻の兄貴に謝ってください! なに意地張ってんすか! 棟方さんの兄貴分ですよ! 兄貴分には向かうなんてやくざのすることじゃないですよ!」
「弟分の方がしっかりしてるじゃねえか」
 吾妻が棟方をあざ笑う。
「すんませんでしたああああああああ!」
 新井の悲鳴のような絶叫。
 苦笑いの棟方に「うるせえよ」と蹴倒されても、涙どころか鼻水まで垂れ流して泣き叫んでいる。
 祐輔はその様子を静かに見ていた。全身全霊で謝るくらいしか、こいつらがこの危機から逃れる方法はないだろう。
 棟方が膝をついた。そして正座すると、深々と頭を下げた。
「ホントすんません! すんませんでしたあ!」
 吾妻が声を上げて嗤う。
「まあ、顔を上げろや、棟方」
 吾妻が棟方の肩に手を置いた。吾妻の拳が飛ぶ。
「うぁっ!」
「ふざけんじゃねえぞ、テメェはっ!」
 吾妻が棟方の胸倉を掴み、殴り続ける。拳を連発され鼻血を流し、ついに地面にへたり込んだ。それでも吾妻は容赦なく蹴り飛ばす。
 暴力を慣れている祐輔でも、背筋がゾクッとする。
 やはり、本職の勢いはハンパじゃない。
 先輩後輩。兄貴分弟分。上下関係。どちらが偉いか、拳で体に叩き込むのがこの世界の慣わしだ。馬鹿ばかりの世界だから、そうしないと調子に乗ってどんなナメた真似をするか分からない。
「これからは口の聞きかた考えろや。弟分に感謝しろよ」
 棟方が殴られた頬を押さえている。血だらけの顔全体が腫れあがっていた。

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