キチガイたちの挽歌 5
薄汚れた雑居ビルの四階。きしんだ音を立てて上下するエレベーター。リノリウムの廊下が雑な掃除でまだところどころ濡れている。
薄汚れたドアの上に「クレオパトラ・ソーシャルネットワーク」と新しいプラスチックのプレートが掲げられている。表向きはコンパニオン派遣会社。実態はアイドルから風俗嬢までを取り扱う、いわば女衒のような会社だ。
ハヤトが事務所のドアを開けると、正面のデスクに座っているシュウジが立ちあがり、「おはようございます」と頭を下げた。
「社長はきてるか?」
「社長室にいます」
社長室と言っても、事務所の奥にある小部屋だった。ドアをノックすると、向こう側から「入れ」と言ってきた。
「失礼します」
部屋に入ると、三年先輩のタクヤが、デスクに座ってパソコンを操作している。
「昨日はご苦労だったな。奴らは久藤組の事務所の前に捨ててきたんだな」
「はい」
あの夜、深夜に軽トラックで倉庫から四つの死体を運び出し、奴らの事務所の前に転がしておいた。しかし、新聞やニュースでそのことは報道されていない。久藤組が警察に知らせるわけもない。やられたらやり返す。けじめは自分たちの手でつけるという、ハヤトたちの挑戦状に対する、やつらの返事だった。
「これから忙しくなりますね」
「まずはゲリラ戦だな。こっちの得意技だ」
久藤組はこちらの正体を掴んではいない。看板も事務所もない。一方、ヤクザは看板をあげ事務所を構えているので、所在がはっきりしているので、攻撃を受けやすい。
「今日は歌舞伎町の知り合いの店に行ってきます。この前飛び込みで入った店が、うちの女の子を使ってくれると言ってきたんで」
「それなら、昨日電話があったよ。サヤカにいってもらうことにした」
「そうっすか」
「お前、今から陽子の部屋にいってくれ。例の社長のことを陽子に念押ししておくんだ」
「陽子はなんて言ってるんですか?」
「あまり乗り気じゃないといっていたが、いつものわがままだろ。あいつにとっても出世のチャンスなんだ。それに、昨日の褒美を陽子から受け取ってくれ」
「いいっすよ、褒美なんて」
「いいから。早く行け」
まるで追い出されるように、タクヤの部屋を後にした。
「営業っすか」シュウジが聞いてきた。
「いや、陽子のところに行ってくる。例の社長のことで、陽子を説得しろってことだろ」
陽子は、クラブ「ムーンライト」のナンバーワンで、IT関連会社の社長、平田にほれ込まれている。平田はクラブ「ムーンライト」一番の得意客。それに、広い人脈も持っている。陽子との仲を取り持ち、人脈も利用させてもらうというのが、タクヤの考えだった。
ハヤトは、ビルの前でタクシーを捕まえ、陽子のマンションに向かった。
昨年できたばかりの一三階建て新築マンションの八階に、陽子の部屋があった。
採用されたがまだ稼げないタレントたちは、五人くらいが古いアパートで寝起きさせられ、他店の応援にも駆り出されるが、陽子ほど稼げるホステスになると、自分で部屋を借りて住んでいる。
ドアの呼び鈴を鳴らすと、インターフォンから「誰?」と聞いてきた。
「俺だ。カメラで見えているだろ」
ドアの鍵が開いて、ガウンを着た陽子が姿を現した。
「よう、元気かい?」
「まあね。早かったわね」
陽子がハヤトをリビングに招きれてグラスを置いた。まだ朝だが、グラスにバーボンを注ぐ。
「で、私を説得に来たんでしょ?」
「いきなり突っかかるなよ」
「私、嫌よ」
「まあ、堅いことを言うなって。平田社長はお前に首っ丈なんだ。ずいぶん金を使わせたそうじゃないか。このあたりで社長さんと仲良くするのもいいんじゃないかい。それを言いに立ち寄ったんだよ。それに、あの社長、まだ四〇だろ」
「四〇で愛人を持とうなんて生意気なのよ」
「平田社長をあまり好きじゃないって口ぶりだな。お前らしくないぞ」
「ふん」
陽子は自分のグラスにバーボンを半分ほど注ぐと、一気に飲み干した。
「社長に抱かれたって減るもんじゃないだろ。社長さんにずいぶん貢がせたし、この先もいい金になる」
「私、断っているのに、勝手に贈ってくるのよ」そういって、床に放りだされたシャネルやらフェンディのバッグを見た。
「そろそろ、身体でお返ししてやんなよ」
「考えとくわ」
「いい返事を期待してるよ。そのつもりになったら連絡してくれ」
ハヤトはそう言ってソファから立ち上がろうとした。
「待って」
陽子は立ち上がると羽織っていたガウンを脱いだ。ブラジャーとパンティーだけの姿になった。
ハヤトはわけがわからず、下着姿の陽子を見ていた。
「今から私を抱いて」
「はあ?」
「タクヤさんから聞いてないの? 昨日のご褒美だって」
そういうことか。
ブラから毀れそうな乳房の膨らみを、陽子は自慢げに突き出した。パンティの下の陰毛が透けて見えている。裸になるより色っぽい女の不思議な姿態を目の前にして、ハヤトは満足げにため息をついた。高級クラブ「ムーンライト」のナンバーワンだけある。この女を抱けるのは、相当な金持ちだけだと聞いている。
フロントホックを外すと、解き放たれたように陽子の乳房が弾んだ。
「どう? 男はみんなこの胸を褒めてくれるのよ。すごく大きくてきれいなんだなぁって」
「俺もそう思うぜ」
陽子は悪戯っぽく微笑むと、ハヤトの股間に手を伸ばし、パンツの上から握り締めた。指の強弱をつけて揉まれる。手馴れた手つき。まるで扱かれているみたいだ。
「今日一日、私を好きなだけ抱いていいのよ。何してもいいわ。NGなし。タクヤさんから言われてるの」
「じゃあ、遠慮なく」
陽子をソファに座らせて両脚からパンティを抜き取った。手のひらで、乳房を包むように揉み、乳首をつまんで擦った。
陽子は敏感に反応した。どうやら演技ではなく本気らしい。
ハヤトは彼女のグラマラスな身体を抱え、静かにベッドに寝かせた。足を大きく開かせ股間を覗き込んだ。そこはもう溢れんばかりに濡れていた。