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キチガイたちの挽歌 8



 午前五時。陽が暮れると、嬌声をあげて笑いあいながら腹を探り合う、夜の蝶たちと金を持った男たちで賑わう通りだが、今は人影はない。
 ふらつく足で何とかクラブ「ムーンライト」のドアまでたどり着いた。
 ドアを開ける。床に大理石が敷き詰められた、男たちが集う夢の世界。ソファに座るだけで数万円かかる、ゴージャスな異空間が広がる。
「おつかれ様です」護衛の若いメンバーに迎えられフロアーに入ると、奥のソファに金村ツヨシと木村タクヤがすでに座ってグラスを傾けていた。
「なんだ、そのツラぁ。元気ねえな」金村が笑う。
「陽子にとことん吸い取られたか」
 事情を知っているタクヤが笑う。この店はタクヤの店で、彼女を雇っているのもタクヤ総長の指示で陽子をタクヤに届けたのも彼だ。
 店の開店は午後七時から。バーテンもまだ来ていない。関東連合の幹部会はいつも開店前のムーンライトで開かれる。
「九州に帰れと突っぱねてやったぜ」
 金村は自慢げにそう言い放ち、グラスのスコッチを煽った。それをみて、タクヤが大きくため息をついた。
「なんだよ、タクヤ。不満なのか?」金村とタクヤはタメで、お互い幹部だ。
「道仁組は筋を通している。よそのシマに土足で上がり込んで来たわけじゃない。きちんとした組織同士が互いの信頼関係のもとにビジネスをやっていたところに、俺たちが割り込んでいったんだ。ルールを破ったのはこっちだ」
 東京では、覚せい剤は極東会と住吉会の二大組織が独占的に捌いている。そして商品を卸しているのが道仁組だ。
 金村が木村タクヤに厳しい目を向けた。
「俺が言いてえのは、なんで九州の田舎ヤクザが調子こいてここいらで薬局やってんのかってことだよ。俺たちだって見ぬふり出来ねえじゃねえか」
「卸売と小売では役割が違う。今も販売は関東勢がやってるんだ。九州も喧嘩を売ってきたわけじゃない」
「おめえ、腑抜けになったんじゃねえのか?」金村の目がギラリと光る。「クラブだぁ、芸能プロダクションだぁ、何かと女使って合法的にやりやがって。俺たちの基本はシャブだろ」金村がタクヤを睨んだ。「俺たちは以前からシャブ売ってきたんだ。道仁組からやいのやいの言われる前からよぉ。それを今さら俺たちから仕入れろったあ、どういうことだ。しかも今の仕入れより高く吹っかけやがる。それに、ここらが奴らの縄張りだって誰が決めたんだよ。欲しいものは力でぶんどる。それが俺たちの世界のルールだ」
「道仁組とやり合うのか?」
「向こうはたかが二百人の組織だ。こっちは声をかければ二千は集められる。それに、ハヤトみたいなキチガイもいるんだ。なんなら、博多に乗り込んでもいいぜ」
 金村がハヤトの肩を叩いた。「お前はどう思う?」
「全員ぶち殺せば、いいじゃないですか」
 金村が満足げな顔でハヤトの肩を叩いた。タクヤがまたため息をついた。
「今後、道仁会と揉めることになるので用心しろ。今夜の幹部会でも伝達があるはずだ。とことんやってやるぜ」
 金村がタバコの煙を吐き出す。
「ハヤト、メデューサのリョウってガキとその女にヤキ入れてこい。女はキョウコとかいうレディースの頭だ」
 メデューサは敵対する暴走族だ。
「知ってますよ。赤薔薇連合とかいうブスの集まりです」
 金村が大笑いする。
「それに、キチガイにやられた。リョウスケが襲われたんだ。重傷だ」リョウスケは関東連合の幹部だ。
「やったのはマムシだよ」
 ハヤトの目がぎらっと光った。マムシ。メデューサOB。正真正銘の極悪キチガイだ。
「マムシの奴、中防にシャブ食わせて兵隊にしている」タクヤが言った。「ナイフで刺させるんだ。相手は十六歳未満だ。別荘暮らしも一年くらいで済むからな」
「えげつねえこと、やらせやがる」
 シャバにいてはいけない男。中学時代からポン中で、メデューサOBでもマムシと関わりたくない者がほとんどだ。相手がヤクザでもむかついたらすぐに刺し、女だと攫って強姦する。中学の頃から強盗、リンチ、強姦の常習者で手が付けられない本物のキチガイだ。笑ったとかいって女子生徒を半殺しにしてレイプした事件は有名だ。
 そんな極悪人だから、中学二年の時少年院に収監され、出所した十七歳のとき、路上で肩が当たったといって文句を言ってきた大学生を刺殺し、少年刑務所にぶち込まれた。二月前に出所したばかりだ。
「奴にけじめをつけるんだ。このままじゃ、沽券に関わる」
 ハヤトは「やります」と力強く答えた。
 しかし、マムシは用心深い男だ。自分の居場所は仲間にも言わないし、襲う相手のことを徹底的に調べて奇襲をかける。気合を入れてかからないと返り討ちにあってしまう。
 会合は一時間ほどで終わった。
「陽子はどうだった?」
 金村が後輩を連れて店を出て行ってから、タクヤが訊いてきた。
「いやあ、ありがとうございました。凄い女ですよ、あれは」
「そうだろ。すげえ高い女なんだ」タクヤが笑いながら、バランタインをグラスに注いだ。
「どこかで誰かが糸を引いているかもしれない」
「えっ? 何がです?」
「関東連合をつぶそうとしているのか、道仁会をつぶそうとしているのか、あるいは両方か。お前も用心しろよ」

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