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キチガイたちの挽歌 13



「ふう……」
 江利香は背筋を伸ばして息を吐いた。
 夜の十一時。あと一時間でシフトの交代だ。
 女性で深夜のコンビニバイトにつくものは少ないが、夜のほうが割がいいのと、自宅のワンルームマンションがすぐそばなので、江利香は深夜鯛のバイトに入ることにした。
 帰りに賞味期限切れ真近かの惣菜でも貰って帰って、寝る前のつまみにするか。
 まるで中年オヤジのようだと自分でも思う。女だって寝る前の晩酌は楽しみなのだ。しかし、最近腰回りに少し肉がついてきた。温泉に行った時も大学の友人に指摘されたし、先日もセックスが終わった時、彼に脇腹の肉をつままれた。
 少しだけ、ダイエットしよう。
 そう思っても一度時計を見上げた時、来客を告げる電子音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
 江利香は彼女なりに最上級の笑顔を浮かべて来訪者を迎え入れるが、その姿を見た途端に笑顔を強張らせた。
 金色に染めた短髪にピアスだらけの耳。それに、半そでから伸びる腕に、刺青がびっしりといれられていた。その刺青がシャツの中を通って、男の首にまで這い上がっている。
 やばそうな奴が来ちゃった。
 道路の向こうに目を向けると、黒いシャツに黒いズボンに黒いキャップの明らかに怪しい男がうろついている。男の仲間なのかもしれない。
 ふぅとまた深い溜息を吐いた。最近この辺りも物騒で参るよ。
 男は店内を物色するように歩き回っている。そして、商品棚から弁当や飲み物、雑誌を手に持ってレジに持ってきた。
「いらっしゃいませ」
 江利香は精いっぱいの笑顔を男に向けた。一秒でも早く、店から立ち去ってほしかった。
「袋」
「はい?」
「袋だよ。耳が悪いのか、てめぇ。早くかせよ」
「あ、は、はい」
 訳が分からない。レジ袋をカウンターに置くと、男はそれを掴みとり、カウンターの商品を中に放り込んでいった。
「あ、あの、レジを通しますので、待ってください」
「いらねえよ」
 そういって、商品を持って店を出て行こうとした。
「ちょっと待ってください」江利香はカウンターから飛び出して、男の前に回り込んだ。
「お金、払ってください」
「はあ? なんだぁ、てめぇ」
「何だじゃないわよ。お金払わないなら警察を呼ぶわよ」
 もう、この男は客ではない。いくら怖そうな格好をしていても、お金も払わずに商品を持って行かせるわけにはいかない。それも、脅されたとあっては、引くことはできない。
 脅しに屈することは負けなのだ。こんな男、怖くない。
「ぅるせぇって言ってんだよぉ。女のくせに何偉そうにほざきやがんだよ、ばぁかぁ!」
 更に突っかかってきた。
「馬鹿はあんたよ。商品はお金を払って買うものよ。小学生だって幼稚園児だって知ってる事よ」
 江利香は言い返した。どうせ恰好だけなのだ。弱い男ほど、馬鹿にされないように怖い格好をするものだ。
「はぁ? なんだぁ? ぉまえ、やるんかぁ! ぁ? やるんかぁ! あぁ?」
 ギャング風の男が睨み付けてきたが、江利香は目を逸らせなかった。店には防犯カメラもある。警察を呼べば、自分がすぐに捕まることも、この男は知っている。悪いことをする奴ほど、そういったことには敏感なのだ。この男は何もしてこない。
「上等だぁぁぁ! このヤロー! オモて出ろ!こらぁ!」
「馬鹿なこと言わないでお金を払いなさい。嫌なら商品を置いてさっさと出て行って。さもないと、警察を呼ぶわよ」
「この野郎、覚えてろよ」
 男は江利香に商品を投げつけた。
「ちょっと! ちゃんと元に戻しなさいよ!」
 男は江利香を無視して、店を出て行った。
 やった。どんなもんよ。私は負けなかった。脅しに屈しなかった。そう、女は強いのよ。
「いやあ、すごいね、中沢さん」
 どこに隠れていたのか、同じシフトの大学生の男が、事務室から顔を出した。ただ青ざめて狼狽えている。
「何してたのよ。知らん顔して隠れているなんて、最低」
「ごめんよ」といって、下を向いている。
 情けない男。最近の男は、気が弱いのが多くてまいっちゃう。

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