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キチガイたちの挽歌 18



 午後七時半。
 東京の繁華街に立つ。今夜も多くの女たちが、花に群がる蝶の如く集っている。
 ハヤトは、都内で随一、高級クラブがひしめく華やかな界隈にぽつんと立っていた。エントランスからしてきらびやかなビルを見上げて、ゆっくりとため息を吐いた。
 こんな場所にクラブを出すタクヤは、やっぱりすごいと思った。
 このビルの二階に高級クラブ『ムーンライト』がある。ハヤトは足を踏み出してエスカレータに乗った。俺だっていつかは追いついてやる。
 二階に登ると、正面に黒光りする重厚で華麗なドアが待ち構えていた。ドアを開けると、当番の後輩が玄関に立っていた。
「お疲れ様です」
「みんな来てるか」
「はい、だいぶお揃いのようです」
 磨き込まれた大理石の上を歩いてフロアに出る。
 輝くシャンデリアの下、高級なソファや調度品がラグジュアリーな空間を演出している。きらびやかなドレスをまとったホステスたちが泳ぐようにソファの間を縫い、幹部たちに笑顔を振りまいている。
 三か月に一度の幹部会。そして、関東連合OB会の権威を示す集会でもある。
 フロアを見回す。芸能プロダクション経営者、AVプロダクション幹部、クラブのオーナー、イベント会社の役員。あと、闇金融、不動産、格闘関係、店舗経営、水商売で活躍の面々がそろっている。芸能人も何人か来ているようだ。
 だれもが一癖も二癖もある顔をしている。
 暴走族の域を遥かに超えたネットワークを張り巡らせている関東連合OB会。年に数十億もの金を動かす、この組織に、ヤクザだって迂闊に手が出せない。
「よう、ハヤト」先に来ていたコウイチが手を挙げた。ハヤトはコウイチの横のソファに腰を下ろした。
「お前、あのキョウコとかいうレディースの女を囲ってるらしいじゃねえか」
「まあな」コウイチがタバコの煙を天井に向かって吐き出す。
「あそこの締まりは抜群だし、巨乳だし。きつそうな顔がたまんねえんだ。命令通り素直に客とってくるしよ」
「阿漕なことしやがる」
 タバコを咥えると、ソファの間を泳いでいたホステスがやってきて火をつけたライターをさしだした。マナだった。
「ヒトミは? 今日は来ていないのか?」
「あの子、売掛け溜まってバックレたらしいの」マナが暗い顔で唇を突き出した。
「はああ? いくら?」
「相当溜めてたみたいでさ……一千万超えてるの」
「相手は?」
「川辺とかいう、鉄工所の社長。ツケ取りに行ったら、会社が倒産していて、本人は雲隠れしたらしいの」
「しょうがねえなぁ」
 ハヤトが煙を吐き出して頭を掻く。
「ねえ、彼女、助けてあげてよ」
「わかったよ。俺が行って、ツケ、取り立ててきてやる」
「ほんと? でも、半分とか持っていくんでしょ?」
「馬鹿いえ、仲間には手数料はタダだよ。ただし、これは貸しだ」
「コイツの貸しは高いんだぜ」といって、コウイチが笑っている。
 ヒトミに連絡するようにマナに言うと、彼女を仕事に戻した。
「借金しか残ってないやつからどうやって金取るんだよ。娘でもいりゃいいんだが、ブサイクじゃあ金にならないぜ」
「なんだっていいさ。むしりとるものが何もなけりゃ、まあ、角膜か内蔵くり抜けば金になる」
「やくざだねぇ」コウイチが高々と笑った。
 カウンターに近い奥の席に、飯島愛、広末涼子、蒼井優の姿も見える。三人とも「関東連合の女」だった。数年前まで関東連合の男たちに性欲処理用として抱かれまくっていた女たちだが、今はいっぱしの芸能人にまでのし上がっている。
 手前のソファには、押尾守がタクヤの横に座っている。押尾は関東連合OBでタクヤとはタメだ。
 来ている芸能人はこの四人。それぞれ関東連合の組織力を背景に、芸能界で名を売った。押尾は子飼いのキャバクラ嬢を、女たちは自分の身体を、業界の実力者にあてがってその地位を築いたのだ。
 陽子がカウンターの奥から出てきた。フロアをぐるりと見回してハヤトを見つけた。
「こんばんは」
 近寄って話しかけてくる。
「世話になったな」
「あれくらい、大したことないわよ。あなたももう復活したでしょ。どれだけやっても若い男の子は一日で復活しちゃうもんね」
 ハヤトの前に跪いてドリンクを作ると、膝の上に置いていた手を握ってきた。
「この後、私、暇なの」
「俺には用がある」
 笑顔が消え、陽子の顔が険しくなった。「なにさ」と言って立ち上がり、去っていった。
「ここのナンバーワンだよな。あいつとやったのか?」
「例の件のご褒美だといって、タクヤさんから一晩預かったんだ。小便臭い女だったよ」
「贅沢言うなよ。一晩ウン十万の女だぜ。それに、さっきも誘われてたじゃねえか。どうしてやらねえんだ」
「タクヤさんに黙って勝手なことできねえよ」
「律儀な奴だなぁ。とくにタクヤさん相手だと」
「あの人はすごいよ、ほんと」
 あと五分で幹部会が始まる時間だ。五分前にはすべての幹部が勢ぞろいしていた。会議に遅れてくることは許されない。
 杉並区や世田谷区を拠点とする「関東連合」は全部で4グループからなり、構成員は約百二十人。現役は、「千歳台黒帝会」総長の十八歳、「用賀喧嘩会」会長の高校三年生十九歳、「宮前愚連隊」リーダーの高校一年生十八歳、「高井戸魔天使」頭の十八歳。いずれも未成年者で、この会終了後、後輩にトップの座をゆずってOBの仲間入りを果たす。
 各グループのOBでまとまってそれぞれグループを作り、夜の街に巣食い、利益を貪る。そしてこの4グループが相互に連絡を取り、定期的に幹部会を開いてはお互いのメンバーの絆を強め、「関東連合OB」としての組織を維持している。そして、その総勢はいまや二千名を超える。
 仲間がやられたら他のグループも含めて集合し、復讐をする。やりかえすのではなく、十倍にして返すのだ。相手がヤクザであろうが関係なし。いまや、ヤクザでも関東連合に逆らうものは少なくなった。
 各グループのトップの下に、小さく枝分かれしたサブグループがいくつもくっつく。ヤクザのような何段にもわたる階層ではなく、グループトップの下は建前ではすべて平等に扱われる。実際は現役時代に暴走族のトップについた経験のあるものが幹部になり、いくつかの小さなグループをまとめて管理することになっている。ヤクザと同じ上納金を納める制度だが、それほど重い負担にはならない程度のものだ。
 ハヤトは「千歳台黒帝会」十六代目総長で、幹部となってからは、5つのサブグループを率いている。金村もタクヤも「千歳台黒帝会」出身だ。
「関東連合OB会」の各グループトップは四天王と呼ばれ、その中からOB会の総長が決められる。現在の総長は石元。
「それでは、お集まりの皆様。これより幹部会を始めます」四天王のひとり、金村が司会を務める。
 総長の石元がソファから腰を上げた。
「関東連合は、道仁会と戦争をすることになった」
 開口一番、石元が言い放った。会場から拍手が起こる。
「各自、気を引き締めろ。敵の拉致に気をつけろ。道仁会とつながりのある奴を徹底的に叩け」と檄が飛んだ。フロアが拍手喝采であふれる。
 四天王からの挨拶と報告が続く。各グループの幹部も緊張している様子だった。

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