キチガイたちの挽歌 18
そして、宴会が始まった。
ハヤトは席を立ち、タクヤと押尾が座る席に行った。陽子が二人についている。
陽子と目が合うと、彼女はふっと視線を逸らした。タクヤはそれに気づいたのか、うっすら苦笑いを浮かべた。
「お久しぶりです、押尾さん。ご活躍はテレビで存じてます」
「おう、ハヤトだったな」
押尾は芸能人でありながら、関東連合幹部。女を薬漬けにして犯すのが趣味の男だ。局のディレクターに上玉の女をあてがい仕事を手に入れている。この世界では、女は貴重な貢物である。
「新しいドラマとCMが決まったそうだ」タクヤが言い添える。
「それはおめでとうございます」
「こいつ、今度のドラマで何の役をやると思う? 心優しき小児科医だってよ。笑っちゃうだろ」
「子供は苦手だ。作るのは得意だけど」といって、押尾が笑っている。
「陽子、ハヤトの相手をしてやれ。こいつには世話になったんだ」
「だから、私も世話したもん」
「そういうな」
タクヤに促され、陽子がハヤトの横に来た。
「私、この店辞めようかな」
ムーンライトの人気ナンバーワンホステスが、疲れた調子で呟いた。
「は? 辞めてどうするんだよ」
「真面目に会社に勤めたい。OLとか」
「会社? お前が?」
はは、と乾いた笑いが口をついた。
「なんで嗤うのよ」
「お前には向いてないだろ。だいたいお前、事務仕事で我慢できるのか? 給料だって今の何分の一も下がっちまうんだぜ」
「ふん……」
もちろん、陽子にそんな気がないことはわかっている。拗ねているだけだ。
「ここ、やめないでくれよ。寂しくなるだろ」
「私が辞めたら、タクヤさんに怒られるからでしょ?」
はっきりと言い返す言葉もない。ハヤトは口ごもった。
「ここにいる男たちって、みんな女から甘い蜜啜ってるのよ。あの三人の芸能人だって、いろんな男に抱かれてきたんでしょ?」そういって、広末涼子たちのいる席を見た。
「その代わり、女だっていい思いしているじゃねえか。お前だって、ここにきて金持ちになれただろ? それに、芸能界にもデビューできる」
「なんか、虚しいの。華やかな生活のために、好きな男にも会うことができなくなるのが」
そういって、潤んだハヤトの目を見た。
「近いうちに連絡する。タクヤさんには内緒だぞ」
「ほんと?」
陽子の顔がパッと明るくなった。
陽子の膝を叩いて立ち上がると、コウイチの待っている席に戻った。ソファに腰を下ろすと、コウイチの真顔が目に入った。
「何の話をしているんだ」
「マムシだよ。この前、中坊に仲間が刺し殺されただろ」
「シャブ中の中坊だったな」
「マムシの奴、中坊を兵隊にしているんだ。あいつら少年法に守られているから怖いものなしだろ。マインドコントロールして連中を煽っているんだ」
コウイチのいう通り、中学生に怖いものはない。少年法に守られているので、喧嘩で刺すのは当たり前、殺したら英雄になれる。少年法に守られているから殺人でも一年ちょいで娑婆出れる。高校以上は5年は食らうが、中学ならまだ軽い。そういわれ、ガキどもはみんな騙される。
年少くらいでヒーローになれるんだから、喜んで殺そうとする。これまで何人も殺して何人も懲役いっている。そこらのヤクザなんかよりよっぽど危ない。
それを利用してメデューサのOBのマムシが中学生を少年ヒットマンとして大量生産しているという噂があった。
「ガキもかなりイカレているらしい。シャブ食ってパーなんだよ」
「そう言えば、マムシは道仁会の組員だったな」
「いや、それが入れてもらえなかったらしい。危なすぎて。ヤクザにも入れてもらえねえくらいやばいって、どれだけやばいんだよ」
「ちょっと、話してもいい」
弾むような綺麗な声にハヤトは顔を上げた。AV女優の飯島愛だった。
「タクヤさんから聞いてるわ。陽子の彼氏なんでしょ?」
「彼氏?」いつからそんな話になったのだ。
「私、陽子の友達なの」
「俺たちもあんたの活躍はよく知ってるよ」
「じゃあ、抜いてくれたことあった?」
愛の言葉に周囲が笑う。
「今度試してみるよ」
「タクヤさんがあなたのこと、気に入っているみたい。クラブ関係の仕事を任せるみたいなこといってたけど」
それで、この女は俺に話しかけてきたのか、とハヤトは思った。
「クラブにもヤクザが目付けだしたから、タクヤさんに呼ばれているだけだ。単なる用心棒だよ」
都内のライブの利権は、ほとんどタクヤが掌握している。パーティー券を後輩に捌かせたりしているし、クラブでは薬も売り捌く。
渋谷、新宿、六本木のクラブやパーティー系は、タクヤの指示で関東連合が全部仕切っていた。どんなところがサークルしているかの報告は、すぐに関東連合に入る。関東連合に話し通さないと、すぐに潰しにいく。それがハヤトの役目だった。
クラブもイベントもパーティーも開けないから、誰もが金を払うのだ。
「では、皆様お待ちかねの、今夜の女たちです」
司会が、後輩の幹部に代わっていた。カウンターの奥から女たちがぞろぞろ出てきて、壁に沿って並んでいく。
フロアーのあちこちから拍手の手があがる。
「なに? なに?」
愛が目を丸くして顔を上げ、壁のほうを見る。
「今夜のお土産さ。幹部たちはあの中から好きな女を抱けるんだ」
「わあ!」
この幹部会の楽しみの一つである。
各グループ幹部が経営するキャバクラで働く新人が、この役をあてがわれる。金は会費から出る。関東連合の会費は年1億を超える。女たちにとっていい臨時収入になるのだ。だが、陽子のような高級な女は今回のような会合の土産には入らない。
裏社会で金と力を持つ奴の共通項は『女を押さえる』ことに尽きる。幹部たちの会社を調べると、行政や経団連企業のお偉いさん達が天下っている。何でこんな大物がこんな会社にと思うほどに。
答えは簡単だ。そんなお偉いさんたちに斡旋してる女の質がハンパじゃないからだ。
有名なAV女優はほぼ押さえてるし、金髪外人も凄いのがいる。
ここにいる連中は、暴力と女で強烈な力を得て、この裏社会でのし上がっているのだ。
壁に並ぶ女たちを見て、現役の暴走族のトップたちが顔を輝かせている。
「では、この幹部会を最後に現役を退き、我々OB会の仲間となる四名に、石元総長からのプレゼントを渡したいと思います」
各暴走族のトップが席を立ち、誰がどの女を抱くか相談している。
「では、先輩たちのありがたい贈り物をいただきたく、私は3番のマイカさんをお願いします!」
男の声に会場が拍手で包まれる。
「ご指名ありがとうございまっす! あなた、なんてお名前?」
「千歳台黒帝会総長、金井誠也です!」
「元気いいわね、今日は溜まってる?」
「はい! 溜まってます!」
「そんなときは?」
「やっちゃう!」
「パーっとやっちゃう?」
「やっちゃう! やっちゃう!」
「じゃあ、行きましょう!」
「ありがとうございまーす!」
乗りのいい二人のやりとりに、会場は大いに盛り上がった。マイカはソファの間を通って金井のところにいくと、豊満な胸を押し付けるように金井と腕を組んで、フロアの出口から退散していった。
そして同じやり取りで残り3人も女を選び、フロアを出て行った。
「では、これで本日の幹部会を散会いたします。他の幹部の皆様も、前に並びます美女たちでお気に入りの物がありましたら、この場を連れ出して結構ですよ」
次々に手があがり、女を連れて幹部たちは続々と会場を出ていく。
よし、行ってくるぞと言って、コウイチが飛び出していった。
「ハヤトはいかないの?」
「ああ、俺はいい」
ハヤトが席を立って出口に向かった。目があった陽子に睨まれる。
「ねえねえ、場所代えてこれから一緒に飲もうよ」
飯島愛が誘ってくる。
「それでね、そのあとホテルに行こうよ」
愛は明らかに陽子に聞こえるように言っている。
陽子がつかつかと寄ってきた。
「彼にはもう一滴も残っていないわよ」
「もう復活してるわよねぇ」
陽子に睨まれ、ハヤトは肩を竦めた。
「じゃあ、3人一緒に飲みに行こう」
ビルの外に出て、愛がよくいくという高級クラブに向かった。愛と喋ることで、陽子の機嫌もいつの間にか直っていた。
「タクシーを捕まえるから待っていろ」
ハヤトが道路に出て通り過ぎるタクシーに向かって手を上げるが、遅い時間帯なのでなかなかつかまらなかった。
ホスト風の男が三人、向こうから近づいてくる。彼らを見た飯島愛の目が暗くなるのがわかった。
「よお、コンクリート」
すれ違いざまにそう声をかけると、男たちはそのまま立ち去って行った。
「何よ、あいつら」陽子が不機嫌そうな目で三人の背中を見ている。ハヤトは愛の顔を見た。強張った顔から、血の気が消えているのがわかった。
ガードレールを超え、大急ぎで二人のところに戻った。
「どうしたんだ?」
ハヤトが聞いても、愛は答えない。
「あいつら、ヤキを入れてこようか」というが、「いい」といって、愛はひとりで歩き始めた。