キチガイたちの挽歌 19
「よう、鈴奈」
「ツヨシ、迎えに来てくれてありがとう」
屈託のない微笑を浮かべた鈴奈が、金村の胸に抱きついた。
「飯、食いに行くか」
「ん……。店で食べてお腹いっぱい」
「じゃあさ、あそこの公園にいかね?」
「公園……? あ、ちょっと、ツヨシったらっ」
金村が鈴奈を公園に連れ込んだ。隅にある公衆トイレまで引っ張っていく」
「もしかして、ここでやる気?」鈴奈が眉を潜める。
「燃えるだろ」
「いやよ、こんなところで……きゃっ!」
金村は鈴奈の声を無視して、身体障碍者用の広いトイレに鈴奈を連れ込んだ。中は明るくきれいに掃除されていた。
金村は鈴奈の白いミニスカートに手をかけてパンティーごと引きずり下ろした。鈴奈が小さな悲鳴を上げる。
ブルーのニットシャツだけの姿にされた鈴奈。金村がズボンを脱ぎ捨てた。ペニスが激しく硬直している。
「エッチしようよ、エッチ」
金村が鈴奈の首筋を軽く舐めながら、猫撫で声で甘えるように鼻を鳴らした。
「ふう、すっきりしたぜ」
金村は鈴奈からペニスを抜くと、半分萎えたそれをパンツの中に押し込んだ。
「ねえ……ツヨシ……」
「なんだよ」
「私って処理用?」
股間から流れ出る金村の精液をトイレットペーパーで拭いながら、鈴奈が窺うような目を向けた。
「なんだよ、それ」
「だって、大切な彼女とは、こんなところでやっちゃったりしないんでしょ?」
「そんなことねえよ。マンネリ解消のために、仲のいいカップルも普通にやってるよ」
射精してすっきりしているときにこんな話をされるほど、鬱陶しいことはない。金村は鈴奈がパンティを引き上げるのを待ってトイレのドアを開けた。
公園を出て駅に向かって歩いていく。鈴奈が少し離れて後ろをついてくる。ここまで重たい女だとは思わなかった。
そろそろ切り時だな。
タクシーでも捕まえようと通りに出ようとした時、数人のグループが目の間に現れた。
首筋にまで刺青を入れている危なそうなモヒカン野郎が、胸を反り返らせてタバコを吸っている。それに、黒髪を短髪にした柄の悪い如何にもヤクザでございといった風貌の男と、中坊が二人。ご丁寧にも日本刀を持ってきている。
「なんだあ、お前ら」
普通の人間なら、金村の強面のメンチと怒号で震え上がったであろう。しかし、五人の男たちはにやにや笑っているだけで、ひるむ様子もない。
ささやかなツッパリか。金村は笑ってしまった。念のため、地面に落ちていたビールの空き瓶を拾い上げた。これで十分。しかし、どうしてこんなところにビールの空き分が落ちているんだ。そう思うと、金村はまたおかしくなって笑った。
「へらへらしてんじゃねえよ。お前は馬鹿か」刺青モヒカンの目がぎらっと光った。
「はあ? 何言ってんの、お前」
「余裕こいてんじゃねえよ。お前、これから殺されるんだぜぇ」
「あのさぁ、てめえら、俺を誰だと思っているんだ」
「金村だろ、女を食い物にしている社会の屑。ついでに関東連合のゴキブリ四天王様だ」
「なんだぁ、こらぁ」
関東連合を馬鹿にされた以上、許すわけにはいかない。
「てめえら、全員殺すから」
中防が日本刀を抜き放った。
「やってみろよ。人は動くからな。まな板の上で、大根を切るようにはいかないぞ。自分の身体を傷つけるなよ」
相手の動きに応じられるよう、自然体の正しい姿勢で、ビール瓶を構える。
中防がかかってきた。盲滅法に日本刀を振り回す。すぐに、息を切らす。
「お前、素人すぎ」そういって目の前の中防の股間を蹴りあげた。中防がもがき苦しみながら地面を転がる。金村は地面に落ちている日本刀を足で蹴って脇にのけた。
「ケッ! 偉そうなのは口だけか。おい、そこの角刈り」
その言葉に、角刈りの男の身体がぴくっとした。
「さっき、なんて言った?」
金村はゆっくりと、角刈り男に近づいていく。
「あぁ? 聞こえなかったのか? 関東連合のゴキブリ四天王だって言ったんだよ! 大したことないくせに偉そうにしやがって! ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!」
男の怒号と、ビール瓶の破片が飛び散るのと同時だった。
あっという間だった。
ビール瓶が男の頭上に叩きつけられ、男の頭から紅い鮮血が吹き出した。男は、瞬く間に地面に倒れこんだ。
血で染まった割れたビール瓶を持って、金村は男を見て佇んでいた。周りの中坊たちは、一瞬何が起こったのかわからなかった。
「悪い。聞こえなかった。もう一回言ってくれ」
金村は地面に倒れこんだ男の顔面に、革靴を履いた足で蹴りを入れた。
「俺の気のせいだよな?」
次に足は、男の腹に叩き込まれた。
足は男の内臓に深く食い込み、男は吐瀉物を吐き出した。
「気のせいだと思って聞き流した。もう一回言ってくれ」
金村の足は、もはやどこを狙うのかも適当だった。適当に、男の身体に蹴りを容赦なく叩き込む。
「たしか、『関東連合のゴキブリ四天王』って言ったよな? 俺の聞き間違いか?」
頭をビール瓶で叩き割られ、何度も蹴りを叩き込まれたが、男にはまだ意識はあった。
「い……言ったぜ……」
「……は? ん? じゃ何か? 関東連合四天王のことゴキブリ呼ばわりして、無事でいられると思ったわけ」
革靴の蹴りが無慈悲に、何のためらいもなく、何度も男に叩き込まれた。あまりにも凄まじい出来事に、中坊たちは呆気にとられていた。
「そのへんにしとけや、こらぁ」
刺青モヒカンが口元をゆがめた。怒気を孕んだ顔は、街灯の灯で蒼白だった。金属バットを持っている
「こいつ、やばいよぉ……」
鈴奈が泣きそうな声を出す。中坊たちはまだ立ち竦んだままだった。
「そうか、思い出した。そのまぬけ面、メデューサのマムシだな」
男の顔が変わった。
「ふざけんじゃねえぞぉ! こらぁ」
暗がりの中に怒声が響いた。マムシが金属バットを持って猛然と突っ込んでくる。
「殺ってやる!」
しかし、金村は素早くマムシの懐の飛び込むと、そのまま地面に投げ飛ばした。
「この腐れボケェェがぁぁッ!」
憤怒に顔面を赤銅色に染めた金村が、怒鳴りちらしながらマムシのドテッ腹を殴りつづけていた。強張る首筋の筋肉に、脂汗がぬめついた。
「ふざけんじゃねえぞぉぉッッ、関東連合の四天王をゴキ呼ばわりして無事に済むなんて思うんじゃねえぞよぉぉぉッ! ああぁッ?」
顔をさらに歪ませながら、金村がマムシの顔面に唾を吐き捨てた。
苦痛に腹部を押さえ、うめくマムシの横顔に、金村の容赦ない拳が飛んだ。顎に当たり、マムシの唇が切れた。
「ふざけんじゃねえぞ、このガキがぁッ、テメエらガキに舐められてたまるかぁッッ!」
モヒカンの髪の毛を引っつかみ、何度も揺さぶりながらマムシの耳元で金村がわめく。唾がマムシの頬に飛んだ。マムシがあえいだ。
そのとき、身体がぐらっと揺れた。右の脇が熱く焼けるように痛い。鈴奈の悲鳴が響いた。お前、まだそこにいたのか。
「なんだぁ?」
ゆっくり振り返る。日本刀を持った中坊が、その場に立ちすくんでいた。
「ガキが」そういって立ち上がった金村の傍に、中坊がさらに日本刀を突き刺した。
「痛ってえなぁ」
そう言ったと思った。しかし、それは金村の言葉ではなかった。立ち上がったマムシが、金属バットを持ってこちらを見下ろしていた。
金属バットが金村の頭部に振り下ろされた。鈍い音が立て続けに響いた。金村は地面に叩き伏せられた。