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キチガイたちの挽歌 28(最終章)



 午前一一時。陽子と合流する。陽子がどうしても行くと言ってついてきた。陽子と二人で、指定の場所に向かった。
 一二時少し前に駐車場に着いた。奥にあるこの小さな駐車場に人はいないが、隣にある広い駐車場には、人影もまばらにある。田村もここで乱闘をする気はないはずだ。
 駐車場で待っていると、ホンダのクーペが駐車場に入ってきた。驚いたことに、田村は一人で来た。素直に取引に応じるつもりらしい。
 車から降りてきた田村が、ハヤトと陽子を見た。
「あいつか?」
「うん」そう言って、陽子がハヤトの腕をつかんだ。殴られレイプされ、客を取らされたた時のことを思い出したのかもしれない。
「一人で来いって約束を、俺は守ったぜ」田村がハヤトを睨みながら言った。
「この女を数に入れないで欲しいな。それに、俺はお前の顔を知らなかったんでな、こいつを連れてこざるを得なかったんだ。それで金は?」
 田村は車のドアを開け、紙袋を取り出した。そして、もう一度車内に手を入れ、今度は長い筒のようなものを取り出した。日本刀を持ってきている。目がぎらついている。覚醒剤を打っているようだ。
「武器を持って来ちゃいけねえってことは、なかったよな」
「そうだな」
 ささやかな抵抗か。ハヤトは笑ってしまった。そして車のドアを開け、ハヤトは金属バットを取り出した。これで十分だ。
「バットかい?」
「これでやりあうのが関東連合のしきたりでね」
 田村は紙袋を地面に置いた。
「金はここに置く。二〇〇〇万ある。欲しかったら取りに来て確かめろよ」
「こっちまで持って来い」
「てめえら、俺を誰だと思っている」
「女を食い物にしている屑だろ」
「てめえ、たたき切ってやる。金を取りにこい」
 田村が日本刀を抜き放った。
「やってみろよ」
 ハヤトが金属バットを構える。田村が踏み込んできた。日本刀を振り回す。それを金属バットで受ける。陽子が悲鳴を上げた。
 田村はすぐに、息を切らした。
「どうした? もう終わりか?」
 酒を飲んで、女の尻ばかり追い掛け回している奴が、持ちなれない物を振り回すからだ。
 田村が再び踏み込んできて、日本刀を振り下ろした。ハヤトが身軽にかわす。日本刀は空をきるだけ。適当に遊んでやった後、金属バットで日本刀を叩き落とした。
「こいつを殺して!」
 突如、陽子が叫ぶ。輪姦された恨み辛みが一気に噴出したのだ。ハヤトは逃げる田村を追いかけた。後ろから後頭部にバットを振り下ろす。田村が頭を押さえながら地面に倒れた。ハヤトはバットで殴り続けた。ことの重大さを感じ取った陽子が、ハヤトに抱きつき、
「もういい。もういい。止めて!」
 泣き叫ぶ。
「殺してって言っただろ」
「いったけど、殺しちゃ、ダメ」
 田村は、恐怖に襲われていた。闘う気力も失せ川原に座り込んで、呆然としている。
「俺は、こいつを殺さないと気がすまない。陽子をおもちゃにしやがって」
「もういいの。こいつを殴り殺せば、あなたが罪になる」
 隙を見て、田村が逃げ出した。地面に置いた紙袋を掴むと、車の運転席に飛び乗った。その慌てようの惨めさ。背中の唐獅子牡丹が泣いている。
 駐車場で車に飛び乗った。走り去る赤いホンダ・クーペ。
「くそ!」
 ハヤトは田村が投げ捨てて行った日本刀を拾い上げると、すぐに車に飛び乗った。陽子が追いかけてくる。
「お前は待ってろ!」
「いや!」
 叫びながらボンネットにしがみついている。
「ここから先はやばいんだ! ここに残れ!」
「マムシが出てくるんでしょ!」
 ハヤトは息を呑んだ。
「乗れ!」ここで言い合いをしていても田村に逃げられるだけだ。陽子を車に乗せ、アクセルを踏み込んだ。
「どうしてマムシを誘い出したとわかった?」
「女の勘」
「言いたくないことは何でも女の勘かよ」
「マムシがあの部屋に来たって言った時、あなたの目がぎらっとしたの。関東連合全員であいつを探しているんでしょ?」
 ハヤトは舌打ちすると、フロントガラスの向こうに目をやった。田村の車のテールが左右に揺れている。車の後ろについて、けたたましくクラクションを鳴らす。
 田村は蛇行運転を始めた。ハヤトは横に出ると、嘲弄い、挑発した。
「この先のどこかでマムシが待ち伏せしているはずだ。田村はマムシに手を貸してくれるよう頼んでいるはずだからな」
 ハヤトは前に出て、田村の前でタイヤをスリップさせてドリフト走行をした。馬鹿にされていると感じた田村は、ぶつけてやろうと思ったのか、ケツを煽ってくる。思った通り、ハヤトに気を取られて、スピードが出ていることも気づいていない。
 さあ、この先は、族にいるとき何度も走った危険な峠道だ。
 峠を上り切ったその先は、地元の族なら、誰でも知っている危険なヘアピンカーブ。ハヤトはスピードを上げた。ついてくる。その調子、その調子。カッカしろ。
 ハンドルを巧みに切ってカーブをクリアする。ヘアピンカーブを知らない田村は、減速せずに突っ込んできた。
 馬鹿な。
 危ないと思ったときは遅かった。車体は、ガードレールに激突。一回転して、崖下に落ちていく。
「しまった」
 ハヤトは車から飛び出して崖下を見た。川が流れる河岸の途中の大木に車が引っ掛かっていた。田村の姿が河岸の岩の上に見える。車から投げ出され、下まで落ちたらしい。
 田村は身動き一つしない。おそらく死んでいるだろう。
「金は諦めろ」ため息交じりで息をつくと、助手席の陽子を見た。
「別に。あんな奴のお金なんて欲しくない」
「マムシがどこで待ち伏せしているのか、わからなくなっちまった」
 突如、聞こえてくる爆音。一台の大型バイクがハヤトをめがけて一直線に突き進んでくる。猛スピード。みるみる距離が縮まっている。
 ハヤトが咄嗟に身をかわした。バイクが空く横を猛スピードですれ違い、陽子ののっている車の横に停まった。
「あのバカ、死んじまったか」
 男がにやけながら助手席の陽子を見た。陽子の顔が恐怖でゆがむ。
「マムシ」
 ハヤトは立ち上がるとマムシを睨んだ。
 マムシが腰に差した棒状のものを抜いてハヤトに向けた。散弾銃を構えている。
 銃までは想像していなかった、ハヤトは完全に意表をつかれてしまった。
「動くな。動いたら、この女を吹っ飛ばすぜ」
 銃口を助手席の陽子に向けて、マムシがにやりと笑う。
「マムシ、てめえ!」
「俺を誘い出したつもりなのかよ。関東連合の連中が大勢で動くと俺が出てこないと思って、のこのここの女だけ連れてくるとはな。頭がいいのか悪いのか」
 マムシが散弾銃の重傷を陽子の乗る助手席の窓にたたきつけた。窓ガラスが飛び散り、陽子の悲鳴が響く。
「調子こいてるから、こんなことになるんだ。お前も田村のところに連れて行ってやる」
 再び銃口をハヤトの方に向ける。陽子が助手席でブルブル震えている。
「動くなよ。お前はもう死ぬんだ」
 相当、やばくなってきた。マジでやばい。マムシは本気で俺を撃つだろう。この男にはったりは通用しない。今度こそ絶体絶命だ。
 マムシがハヤトを狙ったまま散弾銃の引き金に手をかけたとき、助手席の中で陽子が動いた。マムシの目を盗んで運転席に手を伸ばすと、何かを持ち上げた。
 日本刀だった。
 陽子がマムシの首めがけて窓から日本刀を突きたてた。
 マムシの悲鳴と共に、鮮血が宙を舞う。
「この糞アマ!」
 首筋を押さえながらマムシが銃口を陽子に向けようとした。
「マムシ! こっちだ!」
 陽子をかばおうと、ハヤトが大声を上げながらマムシに突進した。マムシはあわてて銃を向け直し、二十メートルの距離でハヤテに向かって引き金を引いた。
 身体が跳び撥ねた。腹に散弾を食らったのだとわかった。そのまま地面に倒れる。腹がしびれている。痛みというものではない。銃で撃たれるとこう感じるものなのか。
 叫びながら助手席から飛び出してきた陽子が、同じように地面に倒れているマムシの上に乗り、日本刀でマムシの身体を何度も突き刺した。
「俺の血を見ろ、この売女が! 美しいだろ!」
 マムシの不気味な笑い声が空に響き渡った。そして、しばらくして止んだ。
「ハヤト!」
 倒れたハヤトに血まみれになった陽子が駆け寄ってくる。ハヤトの身体を抱き、手を固く握った。
「陽子……。間に合った。助かったな。よかった……」
 抱きかかえる陽子に向かってにっこりと笑いかける。
「ハヤト! ハヤト! 死なないでよ! ハヤト!」
 膝の上にハヤトを抱きかかえ、頬擦りをして号泣する陽子。陽子の泣き声だけがいつまでも続く。雲一つない青空を、群れをなした鳥が飛んでいく。
 陽子の鳴き声が、耳から静かに消えていった。


(完)

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