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ハイエナたちの掟 3


 すべての曲を歌い終えたとき、強烈なライトが顔を照らした。
 大歓声に包まれた。会場を埋め尽くす黒い塊がうごめいて、酒に酔ったような浮遊感を覚える。この会場を自分たちが満席にしている。それが決して自分だけの力ではないとわかっていても、鳥肌が立ってくる。
 遠藤リナは大きく息を吸って手を振って歓声に応えた。照明で熱せられた少し汗臭い空気が肺を満たす。興奮で乳首が硬く穿っているのがわかる。
「みんな、今日は本当にありがとう!」
 ブルーの短いスカートの裾をひらひらさせながら、リーダーの大森ナナエが手を振る。観客たちがペンライトをあげて空中で大きく振り回している。ナナエの脇を固めるセンターの少女たちも口々にありがとうを叫んでいる。
 私のほうがずっと可愛いのに、どうしてこいつらがセンターなのよ。
 遠藤リナは思う。所属事務所の力で決まる序列。不公平だ。
 幕が下りてメンバーたちがぞろぞろとステージの脇に下りていく。
「お疲れさん」
 各事務所のマネージャーたちが自分たちの所属タレントたちにタオルを差し出していく。
「お疲れ」
 遠藤リナもマネージャーの高峰英輝からタオルを受け取った。高峰は若い男で、事務所のタレントたちに人気のある男だ。陰に隠れて、タレントに手を出しているとの噂もある。そのうち社長にばれて殺されるだろう。なんなら、私がちくってやってもいい。
 大きな扇風機が回り、少女たちが体温を冷やし汗を乾かしている。幕の向こうでアンコールの声が響き渡っている。あと二曲歌うのがお約束だ。リナは風に当たりながらペットボトルのミネラルウォーターをのどに流し込んでいく。残りのメンバーも今のうちにと黙って水分補給を続けていた。
 大音響のイントロが流れた。あと一分ほどでステージの幕が開く。
「もう少しだから、がんばってや、みんな」
 コンサートを主催している会社の責任者が声を上げた。
 あと二曲だ。遠藤リナはタオルをマネージャーに渡し、他のメンバーとともにステージに戻っていった。
 ステージの幕が開き始めると、両サイドで控えていた少女たちがステージに飛び出していった。

 ようやくステージは終わった。笑顔でステージから手を振っていた三十人のメンバーは、幕が閉じると同時に、誰もが顔に疲労を浮かべた。
「疲れたぁ」川崎ミカがステージ衣装の前を開ける。彼女の大きな胸で前がはじけそうになっている。ブラが見えているが気にする様子もない。センターの大森ナナエはさっさと控え室に戻っていった。
「やな感じ」彼女の後姿を見て、川崎ミカが憎まれ口を叩いた。
 控え室は二つの会議室をあわせた広いスペースだった。殺風景な部屋に長テーブルとパイプ椅子が並べられ、部屋の隅にメンバーの鞄が床に並べられている。全国区のアイドルグループを真似ただけのご当地ユニットのマイナーアイドルに、個人のロッカーなんてものは用意されない。それでも、大森ナナエを含めセンターに陣取る五名のメンバーにだけ個室が用意され、ヘアメイクがつく。センターを取って名を売り、有名になって稼げるようになってから、卒業してソロで活動する。誰もがセンターを目指してしのぎを削る過酷な競争に身を投じているのだ。
「暑いなあ」
 リナの横に座った川崎ミカが大股を広げスカートをパタパタやりだした。
「やめとき、蒸れたあそこの匂いが漂ってくるやんか」
「失礼な奴やな。あんたのもはよ乾かさんと、発酵してくるで」
 そういって下品に笑う。ミカは童顔で実際の歳よりも幼く見える。肩でそろえた髪を黒に染めて薄く化粧をすると可愛い女子高生に見えるが、彼女は中学のときは髪を金色に染めて暴走族の男と付き合っていた、二十歳になったばかりの元不良娘だった。中年オヤジ相手に身体を売ることなどなんとも思っていない女で、中学を出てからは金に困ったときには自慢の肉感のある身体を差し出す代償に男たちから金を受け取っていた。今でもオフのときは、高級デリバリーヘルスに勤める風俗嬢に変わる。
 ミカに限らず、このグループに属しているアイドルたちは誰も同じだ。売れるまでの間、だれもが男好きする可愛い身体を金に換えようと努力する。ほうっておくと少女の価値ある身体はあっという間に古びて価値を失ってしまう。有名になって芸能界で食べていけるのはごくわずかしかいない。売れるかどうかもわからないのに、この若くて綺麗な肉体をそれまで遊ばしておくことはないのだ。売れるときに売っておくのが賢い生き方なのだと、誰もが知っている。アイドルが処女などというのは、男の妄想か都市伝説でしかない。ここにいるメンバーの全員が経験済みであり、その大半が誰に処女をあげたのかも忘れている。
 パンツが丸見えになるのも気にせずにスカートをパタパタしているもの。スマートフォンを眺めながらタバコを吸いだすもの。下品な声で笑うもの。控室で、傍若無人にふるまうアイドルたちの姿は、とてもファンたちには見せられない。部屋中に充満している饐えた匂いに、気分が悪くなってくる。
「私らのスカート、短すぎるやろ」
 遠藤リナのスカートを引っ張って、川崎ミカがいった。
「見に来た男供にはパンツを見せるんがお約束なんや」
「でも、センターの五人はましな格好してたやん」
「センター以外はただの飾りなんや。引き立て役っちゅうやつや。私らもはよセンターを射止めんと、このまま歳くってお飾りのままで終わりや」
「今晩、私らのパンツを思い出して抜く奴おるんやろか?」
「おらんわ。抜くんやったらセンターのパンツをおかずにしよる」
 タオルで顔をぬぐい、バッグにしまおうとすると、携帯電話がなっているのに気づいた。社長からの電話だった。
 太った醜い男。おそらく今夜相手をさせられるのだろう。
 だが、これで次の仕事もゲットできる。

 川辺蔵祐はベッドから降りると冷蔵庫を開け、ビールを片手に戻ってきた。
 蔵祐との激しいセックスを終え、気だるい身体をうつぶせに横たえていたリナの尻に冷たい缶を押し当てた。
「きゃん!」
 リナが短い悲鳴を上げて、ベッドの上で身体を転がした。
「もう!」
 リナが蔵祐に後ろから抱き付く。若い乳房が蔵祐の背中でつぶれる。蔵祐は振り向いて、リナを背中から抱き直し、乳房を弄びだした。どろりとした液体が、また腿をつたって流れ落ちてきた。
 芸能事務所、川辺興業のの社長。実はやくざだという噂もある。
「なあ、パパぁ。私もはやくセンターになりたいなぁ」
「そんなことゆうても、他の事務所の連中もいろいろ手を回しているからな」
「なんとかしてよぉ……」
 リナは乳房をさらに蔵祐に押し付けた。
「パパの力で何とかして欲しいな……」
「そうやな。お前が売れたら俺の事務所も儲かるからな」
 蔵祐はリナの腕を引いてベッドから立たせた。
「まあ、なんとかしてみよか」
「ほんま! うれしいわ!」
 リナが蔵祐の胸に飛び込んだ。
 ぐったりした身体でなんとかシャワーを浴び、服を着替え終わったときに時計を見るともう十一時前だった。蔵祐のベンツで家の近所まで送ってもらう。
「遅なってもたな」
「大丈夫。パパこそ、明日仕事やろ?」
 あんなに激しい行為をしたあとなのに、蔵祐は不思議なくらいすっきりした顔をしている。リナも、それに合わせてあっさりした態度を取ることにした。
 蔵祐は一万円札を五枚出した。
「リナ、お小遣いや」
「あんっ、ありがとう、パパ!」
 財布に増えた一万円札五枚で、スカートとワンピースを買おうと思った。

 車を降りて、自宅マンションまで歩いていく。両親は離婚し、ホステスだった母親はどこかのヤクザの下っ端とくっついて行方不明だ。しかし、一人を寂しいとは思ったことはない。あの口うるさかった母親も、アイドルで成功して有名になれば、わずかな金のため、遠藤リナの母親だと名乗ってマスコミに出ようとするかもしれない。そうなってはイメージダウンも必死だ。でも、そんなときはパパに何とかしてもらえばいいのだ。そのためにあのブタのようなオヤジに抱かれているのだから。
 マンションの前に立って鍵を取り出す。オートロックのパネルに触れようとしたとき、「あんた、遠藤リナやんな」といきなり声をかけられた。
 振り向くと、不機嫌そうな顔をした女が立っていた。機嫌が悪いのではなく、もともとそんな顔なのだろう。気の強そうな、自分と同じ歳くらいの若い女だ。なんとなく見覚えのある顔だった。どこかで会ったことがあるのか。追っかけのファンは見えないが。大方、この辺りを歩いているときにどこかで見かけたことがあるのだろう。
 無視してエントランスに入ろうとすると、「ちょっと待ちいな」と険のある声が背中に飛んできた。むっとして振り向く。
「そんな顔すんなよ。田中智子の癖に」
 女にいきなり本名を口にされ、リナは持っていたバッグを落としそうになった。
「あんた、別人みたいやな。整形したんやろ。中学の時はヤリマンのスベタやったのに」
 思い出した。名前が出てこないが、別の不良グループにいた女だ。
「あんた、最近調子乗ってんのとちゃうか。全国区のアイドル狙ってるって、週刊誌にか書かれとったやろ。ネットで正体を暴露したろか」
 リナは女を睨みながら近づいていった。思い出した。中村有紀子だ。中学のとき、電車の中で傍に立っている男を痴漢にでっち上げて金を巻き上げたことのある女だ。
「あんたには関係ないやろ。ほっといて」
「自分だけいい思いできるなんて思うなよ」
 中村有紀子は意味ありげににやけると、背を向けて闇の中に消えていった。

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