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ハイエナたちの掟 4


 そのマンションは賑やかな商店街から少し外れた閑静な住宅地の中にあった。敷地が高い塀で囲われている、古いタイプのマンションだったが、昭和を感じさせるレンガ風のレトロなデザインは、見上げる者に意外と古さを感じさせない。省吾と泉谷と長尾玲子は高い塀に沿って細い路地を駆け抜け、正面玄関の反対側に回った。省吾が二メートル以上ある塀に飛びつく。それぞれのポケットにはマスターキー。北山の報告では、外からも内からも、開閉はこの鍵でできる。
 省吾は塀の上から内側の状況を見て、人がいないのを確認してから、腰に差したタオルを抜いて、片方を二人のいる通路に下ろした。二人を塀の上に引き上げ、内側に飛び降りる。すばやく外階段のところまで走った。泉谷が続く。ウレタン製の特殊な靴底は、足音をたてない。階段には、省吾の胸の下辺りまで壁がある。屈めば、外からは見えない。二人は姿勢を低くして、ゆっくりと階段を登り始めた。
 北山はマンションの正面玄関に止めたワゴン車の中で、腕と足を縛りつけて目隠しをしたチンピラを見張っている。
 二階に着いた。スペアキーでドアを開け、エントランスに入る。オートロックのマンションだが、入り口に居座る管理人に顔を見られるわけにはいかない。管理人に気づかれないようにエレベーターホールに向かう。ボタンを押し、省吾は腕時計を見た。
「引越し屋は時間通りか」
 泉谷が頷く。あと一時間か。
 ようやくエレベーターが到着した。
「二千万とは吹っかけてきたな」ドアが閉じると、省吾が十階のボタンを押した。
 あの部屋に居座っている連中が、仕事の依頼者に二千万の立退き料を要求してきたらしい。借家法を逆手に取り、前の所有者と不当に安い賃貸料で賃貸借契約を結んで不当に居座り、高額な立退き料を要求する。早く物件を売らないことには借入金の利息が膨らんでいくので、早期解決に連中の要求を呑む新規所有者は多い。
「大金吹っかけられた依頼者は連中になんて返事したんや?」
「居留守を使った。話を聞いたのは奥さんだ。詳しいことは主人がいないとわからないということになっている」
「それを二百万で片付けるんやから、ボランティアやで」泉谷がため息をついた。
 エレベーターが十階に到着した。省吾と泉谷は念のため、ターゲットの部屋の両側の部屋のベルを押したが、中からは何の気配も伝わってこなかった。二人は目だし帽を被ると、スタンガンを手に持ってドアの脇に腰を落とした。
 省吾の合図とともに、玲子がドアベルを押した。
「夜分すみません。隣の佐藤ですけど」
 しばらくしてインターフォンが耳障りな音を立てた。
「なんや?」
 ドアの向こうから、ざらついた声が聞こえてきた。今日は若いチンピラが居座っていると、北山から聞いている。
「実は、さっき、マンションの入り口で鎌田タカシって人から荷物を預かったんですけど」
 そういって、大きく膨らんだ紙袋をモニターの前に持ち上げた。
「ちょっと待ってろ」
 そういってインターフォンが切れた。おそらく、鎌田という男に電話をして確認しているのだろう。その鎌田はマンションの玄関の前に止まっているワゴン車の中に転がっている。北山にナイフを突きつけられたこのチンピラは、北山の言う通りの返事を返すことになっている。
 ドアの鍵がはずされる音が響いた。目の前のドアが開き、玲子の姿が玄関の中に消えた。
「これなんですけど」
 その言葉を合図に省吾がドアをつかみ、泉谷がドアを回って玄関に飛び込んだ。続いて 省吾も飛び込む。泉谷の前で、すでに男が声も出せずに痙攣して倒れていた。喉にスタンガンを押し付けられた跡が火傷となって残っている。玲子が中に入ると省吾は音を立てずに扉を閉め、施錠した。
「なんもあらへん部屋やなあ」
 玲子が部屋を見回している。
 省吾と泉谷は、倒れた男の手足をガムテープでぐるぐる巻きにし、部屋の隅まで引きずっていって猿轡を噛ませた。目を覚ました男が暴れだした。省吾がナイフをすかさず男の喉に押し当てると、男は電気ショックを受けたように身体を硬直させた。
「お前を殺してからこの部屋から運び出したってかまへんねんで」
 泉谷のどすの聞いた声が部屋に響く。男は目を見開いて涙を浮かべている。
「無修正DVDや」
 玲子がDVDプレーヤーを操作しながら嬉しそうにテレビ画面を覗いていた。巨大なペニスを挿入された女が、テレビ画面の中で大声で喘いでいる。
「かわいそうに。一人寂しくこんなとこで抜いとったんやな」玲子が床に置かれていたティッシュペーパーの箱を手にとって、侮蔑の色を含んだ目で男を見た。
「こんななんもない部屋、夜は他にやることあらへんからな」
 リビングに戻ってきた泉谷がそばに寄ってきて、男の足をつかんだ。男がくぐもった声を上げる。省吾は腕を持ち、男を隣の和室に運んだ。
「しばらくおとなしくしてるんだ」
 そのとき、上着の内ポケットに入れた携帯がなった。北山からだ。
「来たで。そっちはどうや?」
「計画通りだ」
 インターフォンがなった。
「青山さん?」
 一階の管理人室からだった。
「引越しセンターの方がきていますが」
「はい」
「こんな時間にやめてもらえますか。他の住人の人たちに迷惑ですがな」
「すみません。ここのところ忙しくて休みがとれなかったもので、夜しか空いていなかったんです」
「そら、しゃあないなぁ」
 管理人の電話が切れると、省吾は「来るぞ」といって振り向いた。

 家具の運び込みは三十分ほどで終わった。部屋にあった荷物を引越し業者に頼んでマンションの外に運び出してもらい、トラックに積んでもらった。業者を見送って部屋に戻ると、一緒に押入れに入って男を見張っていた泉谷が男を居間に引きずり出してきた。玲子が、ダンボールを組み立てている。
「抵抗しやがると窓から放り出すぞ」との脅しが効いたのか、ダンボールの中に押し込められる間、男は終始おとなしかった。
 男を隠した段ボールと、部屋に残っていたテレビやDVDプレーヤーと、その他の荷物をすべてを部屋から出して手押し車に乗せ、エレベータで地上に下ろしていく。マンションを出てワゴン車のハッチをあけると、北山の足元で男が蹲っていた。
「ええか、ちょっとでも抵抗したら、絞め殺して生駒山に埋めたるからな」
 泉谷のドスのある声がふたりの男を震え上がらせた。泉谷がワゴン車の運転席に乗り、省吾と玲子は部屋にあった男の荷物をトラックに載せた。腕時計を見る。二時間ですべての作業は終了した。
「これで二百万やて。ほんまにボランティアやな」
 走り出したトラックの中で、玲子が口をとがらせている
「問題は明日からだ。連中、部屋に乗り込んでくるだろうからな」
「あとはあんたにお任せや」そういって、玲子が省吾の股間に手を置いた。
「エロDVD見てその気になってもたわ……」
「どっちがでかかった?」
「そら、あんたのほうがでかいわ」そういって、玲子が擦り寄ってきた。

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