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ハイエナたちの掟 8

 再び静かになった店に客が三人来た。エミリはさっきの男が仲間を連れてこないか気がかりのようで、しきりに視線を窓の外に泳がせている。
 最後の客がドアを開けて外に出ると同時に、カウンターの隅に置いていた携帯電話が鳴った。
「どうせ暇やろ」
「さっきまでひっきりなしに客がきていた」
「平日の夜に珍しいやんけ」
「たまにはお前も飲みに来いよ」
「ぼられるんは嫌やからな」
 泉谷が受話器の向こう側で低い声で笑っている。
「玲子から新しい依頼が入ったと、さっき連絡があったんや。ヤクザに監禁されている女を助けて欲しいらしい」
「そいつ、俺たちのことをどこで知ったんだ?」
「玲子から声をかけたらしいで。誰か人を探している女がおったから探りを入れて、玲子が接触したんや。今はこっちから営業かけな、仕事はとれん時代なんや」
「同業者が多いからな」
「探している女の名は本間千賀子。歳は十七歳の女子高生や。聞き覚えある名前やろ」
 先日この店にきた二〇代前半の女を思い出した。
「この前店に来た女だ。たしか、りりぃって女を探していた」
「そのりりぃやけど、お前から話を聞いてすぐに情報流しといたんやけど、今夜引っかかったんや。ヤクザがマンションにかくまっているらしい」
「マンション? 裏風俗か」
「おそらくそうやろな。もうぼろぼろになっとんのとちゃうか。今、北山が確認しに行ってるところや」
「場所がわかってるなら簡単な仕事だな」
「俺の情報網のおかげやといわんかい。で、その依頼人、百万をおいていった。成功したら残り半分を渡すんやと」
「二百万の仕事か。一人頭五十万。玲子の奴、よく文句も言わずに引き受けたもんだ」
「あんまりがめついことゆうとったら、本業の探偵のとこにいかれてしまうからな。それに、場所がわかってんねんやったら、今回はちょろい仕事やで。ひとり五十万でもお釣りが来るくらいや」
 北山か玲子から連絡があったらまた知らせるといって、泉谷は電話を切った。
 そのとき、嫌な視線を感じた。ガラスドアの向こうの暗がりに男が三人立っていた。一人の男が手に金属バットを持っている。外の男たちに気づいたエミリが悲鳴を上げて省吾の腕をつかんだ。
 ドアが乱暴に開き、若い男が三人店に入ってきた。三人とも髪を金色に染め、こちらをぎらついた目で睨んでいた。金属バットを持っているのは、白いスーツに赤白の縞模様のシャツを着た男だった。省吾を見て男がにやっと笑った。両耳につけたピアスが下品な光を放つ。
 エミリは省吾の腕にさらに強くしがみ付いた。彼女の身体が震えているのが伝わってくる。
「汚い店やのぉ」そういって、持っていた金属バットでスツールを小突いた。省吾はカウンターから出た。こんなところでバットを振り回されたんじゃかなわない。
「よっしゃ、ホームラン打ったるで!」男が金属バットを構えた。エミリか目を閉じて肩をすくめる。省吾は一歩踏み込んでバットを振ろうとした男の腕を素早くつかんだ。
「何するんじゃ、こらぁ!」
「お前は馬鹿か。それはこっちのせりふだよ。こんなところでバットを振り回すと店が壊れるだろ。いい歳してそんなこともわからんのか」
「こんな汚い店、壊さんとあかんのじゃ。街の景観が台無しや」
「お前らが出て行けばもっと街が綺麗になる」
「なんやと、こらぁ」
 男が省吾の手を振り払い、バットを上段に構えた。省吾は拳を隙だらけの男の顎に叩き込んだ。男が仰向けに倒れ、後ろに立っている黒いセーターの男があわてて抱きとめた。床に落ちた金属バットが派手な音を立てる。
「殺したる」
 金髪を逆立てた黒いセーターの男がナイフを取り出す。顎を殴られ脳を揺さぶられた白スーツの男は脳震盪を起こしたのか、ぐったりとして動かない。
「待て」
 後ろから身体の大きな男が前に出てきた。百八十センチ、体重は百キロはありそうだ。まだガキだが中年オヤジのように贅肉がつき過ぎている。迫力を出そうとしているのか、金色に染めた髪をパンチにして眉毛をきれいに剃りあげていた。
 脳震盪を起こしていた男がようやく目を覚ました。飛びかかろうとする男を、巨漢の男が止めた。
「ヒロキってホストから、その女の債権を買うたんや。だから、借金は俺に返してもらわなあかんようになったんや」
「こいつに借金はないと、あの馬鹿ホストにもいっておいたはずだ。この女は騙されたんだ。出るところに出たっていい。困るのはあのホストと店だろう」
「俺らの世界じゃ、借用書なんかいらんのじゃ」黒いセーターの男が前に出た。「俺らが借金やゆうたら、借りてなくても金を返さなあかんねん」
「夢みたいな話だな。うらやましい話だが、それはお前たち馬鹿の間だけでのルールだ。俺たちは関係ない」
 馬鹿といわれ、巨漢の男の鼻の穴が膨らんだ。
「あほはお前や。俺らは関西連合のもんや。この街におって関西連合を知らんのはモグリやで」
「聞いたことがあるよ。一人じゃ何もできんガキが集まって弱い奴ばかりに喧嘩売っているヘタレの集団だろ」そういって省吾が鼻で笑った。男たちの顔からすっと血の気が引いた。
「関西連合を馬鹿にすると殺されんのも知ってるやろ」
「やめとけ。弱いくせに意地張って強がってると、そのうち本当に大怪我するぞ」
「女の前やからやゆうて格好つけてるほうが大怪我するんやで」
「店が汚れるから三人とも外に出ろ。叩きのめしてやる」
 男たちが不気味な笑みを浮かべた。三人もいるので精神的余裕があるのだろう。エミリを見ると、真っ青な顔でカウンターの中で身体を震わせている。心配するなと目でいってから店の外に出た。脳震盪を起こした男が店の看板を足で蹴っている。通行人たちが不安げな視線を送りながら、足早に立ち去っていく。
「こんな道路で喧嘩しても、誰も警察に通報なんかしてくれへんで。みんな関西連合のこと怖がってるから、関わりたがらんのや」
 黒いセーターの男がにやけている。
「俺も警察は嫌いだね」そういって脚を肩幅に広げて構える。「早くかかって来い」
「まあ、そう怒るなや」黒いセーターがにやけながら近寄って来る。「俺らも悪かった。俺らは金返してもろたらそれでええんやから」
 隙を突いて不意打ちを食らわせるつもりなんだろう。連中の十八番だ。
 いきなり殴りかかってきた。トレーニングをしているのか、意外とスピードのあるパンチだったが、顔面にまっすぐ向かってくる拳を避けるのは造作もない。スウェイでかわして、男の鼻っ柱にテンプルを放った。地面に倒れた黒セーターが幻を見るような目を向けた。強烈な蹴りを顔面に叩き込むと、男はそのまま後ろに倒れた。
 巨漢の男が省吾の襟首を掴んだ。と同時に、省吾の強烈な膝が男の鳩尾にめりこんだ。腰を折った巨漢の顎に掌底を叩きこむと、そのまま仰向けに地面に倒れた。
 これで終わりだ。手加減はしてやった。
 周りを囲んでいた野次馬の中から、女の悲鳴が聞こえてきた。誰かが警察に連絡するかも知れないが、悪いのはこの連中だ。警察は連中と関わりたがらないし、俺が捕まるいわれもない。
 足元で気絶しているふたりの男を跨いで、立ち竦んでいる白スーツの男に近づいていく。
「す、すみません」
 男が声を震わせている。表情を強張らせたまま目を泳がせている。
「そいつらを連れて行け」
 省吾の鋭い言葉に、白スーツの男は地面で伸びているふたりの男に近寄っていった。
 店に戻ると、カウンターから出て様子を見ていたエミリが固まっていた。
「怖かったか?」
 彼女の手を手に取った。恐怖ですっかり血の気が引いていて、ひんやりと冷たかった。

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