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ハイエナたちの掟 9


 夜中の零時をまわっているのに、繁華街につながる夜の通りは相変わらず若者であふれかえっていた。日中は家族連れが行きかい、子供の笑い声がビルの壁で反響し空気を震わせて拡散し、ここちよい街のざわめきとなる。しかし、陽が暮れ闇が街を包み込むと、この界隈の住人はガラッと変わる。不良たちが闊歩し、女の身体を求めてやってくる男たちとけばけばしい街娼、彼女たちから上前を撥ねようとするチンピラたちの目障りな姿が目に付くようになる。
 午後十一時に店を閉め、シャッターが閉じられた店に出て、薬缶を火にかけ、オーブントースターにパンを放り込んだ。フライパンで鶏肉とソーセージとキャベツを炒め、焼けたパンにマーガリンを塗り、パンにはさんで簡単な夜食を作った。ビールを冷蔵庫から出したとき、エミリが店に顔を出した。
「今頃から食べるん? さっき食べたやんか」心の中を覗き込もうとする疑心に満ちた目を向けてきた。
「今夜はこれから仕事だ」
「女のところに行くんとちゃうん?」エミリがじとっとした目を向けてくる。
「お前は俺の女房じゃないだろう」
「じゃあ、浮気してもええって思ってるん?」
 そういって、涙目で見つめてくる。省吾はため息をつくと、「俺の女はお前だけだ」といって、エミリの頭を撫でる。エミリが拗ねだしたときに彼女をあやす決まり文句だった。
 文句を口にしたくせに自分も食べるというので、エミリの分も作ってやり、店のカウンターに並んで腰掛け、ビールを飲みながらふたりで食べた。上の階のアパートの住人の部屋から、女の喘ぎ声が薄い壁を伝って聞こえてきていた。
「また始めよった。ここんとこ毎日やな」
「若い男だからな」
 エミリは家に帰ろうとしなかったが、母親には頻繁に連絡を入れているようで、心置きなく外泊を楽しんでいるようだ。
 食事を終え、シャワーを浴びる。エミリがシャワー室に入ってきて、省吾のペニスをまさぐり始めた。
「あいつらのえっちな声聞いてたら、むっちゃしたなってもた」そういって拗ねてみせる。
「したいよぉ……」
「これから仕事だ」
「まだ時間あるやんか……」
 エミリが跪いて勃起したペニスを飲み込んだ。

 通りを歩く酔った若者を見ながらタバコに火をつける。眼を閉じて、タバコの煙を深々と肺に送り込む。
「よう」
 泉谷の声に目を開ける。
「今夜はえらいすっきりした顔しとるやんけ」
「わかるか。出る前に若い女と一戦交えてきたんだ」
「それは、無理やり抜かれてきたっちゅう意味やろ」
 省吾の言葉に、泉谷がにやっとする。
 省吾が目の前のマンションを見上げる。明神組が借りているマンションだった。明神組は筋金入りの武闘派集団だ。広域暴力団の代紋以上に恐れられている、末端の組員も含めて猛者が揃っている、少数精鋭の組織だ。
 ミナミには明神組の裏風俗マンションが全部で三か所ある。組に忍ばせている内通者から泉谷に連絡が入った。このマンションで連中は裏風俗店を経営している。コンドームなしの生ハメはもちろん、肛門性交やSMスカトロプレイ、そして薬物を使ったハードなセックス。かなりえぐいことを借金を背負わされた女たちにさせている。客は金持ちの変態親父ばかり。女はシャブを仕込まれて逆らえないようにされている。おそらく本間千賀子シャブ中にされているだろう。
「裏風俗を取り仕切ってる組員は吾妻って男やけど、実質的にはナオミっていう吾妻の愛人が女たちを管理しているんや。尾行してる玲子から、女がこっちに向かってるってさっき連絡があったんや。
 女は今夜ここに来る。攫って吐かせるんが一番手っ取り早い。
 表通りは夜中でも繁華街に向かう人通りが絶えない。
「車は予定通りか?」
「マンションの裏の駐車場に北川が待機してるで。ワゴン車やから、入口に停めたら少しくらいは目隠しになる」
 その時、泉谷の携帯が鳴った。玲子からだろう。電話が出た泉谷が短い返事をして電話を切った。
「そろそろくるぞ」省吾は煙草を地面に捨てて踏み潰すと、泉谷と二人でマンションの前の駐車場に隠れた。
 しばらくしてマンションの前に赤いベンツが停まった。その三十メートルほど後方に、玲子のバイクが停まっている。省吾と泉谷が駐車場から出て女の後をつけた。女がエントランスでパスワードを打ち込んでいる間に追いついた。自動ドアが開くと、女と一緒にエントランスに入る。あとは北川との連携にかかっている。
 泉谷がエレベータを待つ女の後ろに忍び寄る。女はまったく気付かなかった。エントランスの入り口を北川の運転するワゴン車が塞ぐのが目に入った。それと同時に泉谷が背後から女の口を塞いだ。省吾は女の胴を横抱きに抱え込み、二人でエントランスに突進した。エントランスの自動ドアが開く。北川がワゴン車のドアを開けて待っている。女とともにワゴン車の後部座先に乗り込むと、北川がドアを閉めた。
 女は悲鳴すら上げることも叶わず、省吾の腕の中で震えていた。泉谷が素早く目隠しをする。
「俺らは尽誠会のもんや」泉谷がどすを聞かせた声で唸った。女の身体がびくんと震える。尽誠会は明神組と対立している、明神組に負けずとも劣らない武闘派集団だ。この女はそれをよく知っているようだ。
「おまえはナオミやろ。吾妻の女やってことはわかっとるで」
「私は……なんも知らん……」
「知らんでもええ。吾妻にはえらい世話になってるからのぉ」
 女の身体がひどく震えている。よほど恐ろしいらしい。女をいじめるのが楽しいのか、泉谷がにやにやしている。
「吾妻は俺の女をシャブ漬けにしてシンガポールの変態中国人に売りやがったんや。だから、俺もお前のことを狙っとったんや。やっと捕まえたで」
「私、何も知らんもん……」
「この世界でそんな言葉が通用せんことくらい、お前かてわかってるはずや」
「助けて……お願いやから助けて……」
 この様子だと、口を割らせるのは容易いだろう。うまくいけば、今夜中にでも千賀子を救い出すことができるかもしれない。
 車が倉庫に到着した。省吾は女を横抱きに抱え、倉庫に運び込んだ。ひんやりとした黴臭い、古びた臭いが鼻に付く。目隠しをされているナオミの頭には、想像するのも恐ろしい拷問室が描き出されているところだろう。
「うう……」
 呻く事しか出来ない女を、床に投げると、短い悲鳴を上げた。
「いっ……」
 体を起こそうとする女を押さえ込み、ガムテープで後ろ手に縛る。さらに足首もテープでぐるぐる巻きにした。
「静かにせえや」
 泉谷の冷たい声に、女がぴたりと動きを止める。省吾が女の頭を床に押し付ける。
「だまってじっとしているんだ。抵抗しても無駄だぞ」
 耳に囁きかけると、女が黙って頷いた。
「運が悪かったな。なるべく楽に細工してやるよ」
 省吾は女の耳に口を近づけたまま、玲子からナイフを受け取り、女の首筋にぴたりと宛がい、そのまま首に刃を埋めようとした。
「今からお前をダルマにする」
 その言葉に、女の身体が痙攣した。どうやら「ダルマ」を知っているようだった。
「私にやらせて」
 それまで後ろで黙ってみていた玲子が前に出てきた。この女はサドの気がある。特に生意気な女を苛めると興奮するのだ。
 玲子は省吾からナイフを受け取ると、腕と足首を縛られている女の横に屈んだ。そして女の脇にロープを通すと腕に巻き、きつく縛った。
「こうしておけば血もでえへんわ」
 ぞっとする冷たい声だった。玲子がナイフの刃を女の腕に食い込ませた。女のつんざくような悲鳴が倉庫に響く。あまりに凄まじい悲鳴に、省吾は玲子が本当に女の腕にナイフを差し込んだのかと思った。
「まだ何もしてへんやんか」玲子の呆れたような声に、ほっと溜息をつく。
「あああっ! お願い! 助けて! お金はいくらでも払うから!」
「金なんか、腐るほど持ってるわ。ほんだらいくで」玲子が女の腕を取ると、再び刃を腕にあてがった。またつんざくような悲鳴が響く。
「あっ、こいつ漏らしよった」玲子が慌てて女から飛びのいた。女の尻のあたりから尿が流れていく。
 女が大声で泣き始めた。
「私らの質問に素直に答えんかい」女は泣きながら激しく首を縦に振った。
「本間千賀子って女、あんたの仲間が囲ってるやろ」
「本間千賀子?」
「おまえたちがりりぃって呼んでいる女だ」省吾が補足すると、ナオミは首を縦に振った。「あのマンションにいるのか?」
「はい……」
 三人は同時に顔を見合わせた。
「本間千賀子を連れてくるように、仲間に連絡するんや」
「どうやって?」
「それくらい自分で考え。へたうったらほんまに腕切り落とすで」
 玲子が刃物を女の頬にあてがうと、ナオミがまた大きな悲鳴を上げた。
 ナオミがマンションに連絡を入れた。りりぃの馴染み客の鉄工所の社長の名を出して、りりぃをなんば駅の傍のホテルに呼び出した。

 省吾と泉谷は、ホテルの玄関傍に駐車したワゴン車の後部座席で息を潜めた。北川も運転席から落ち着かない様子で外の様子を伺っている。
 しばらく待っていると、国産のセダンがワゴン車の前に止まった。
「来たで」
 泉谷が肩を叩いた。二十前の女を護衛の組員二人が車から出てきた。
「あの女か? 女子高生には見えんな」
「女の歳なんか、化粧でいくらでもごまかすことできるやんけ」
 省吾の合図で、ふたりがワゴン車の後部座席から飛び出した。
 ふたりの男と女が驚いて振り向いた。泉谷が男の首にスタンガンの電極を押し当てる。
「ぐあっ」
 悲鳴を上げて男が倒れた。
「なんや、お前ら」
 残った男が女から手を離し、ポケットからナイフを取り出した。しかし、すっかり腰が引けている。どうやら一人では喧嘩もできないチンピラらしい。
 省吾はすばやく男の懐に飛び込むと、強烈な拳を男の鳩尾に叩き込んだ。身体を折りマべた男の後頭部に手刀を叩き込むと、男が崩れるように地面に倒れた。
「一緒に来てもらうで」
 泉谷が怯えている女の手を取った。
「怖がらんでもええ。俺らはあんたを助けにきたんや。車に乗ってくれるか」
 それでも脚を動かそうとしない女の手を引いて、泉谷がワゴン車まで引きずっていった。そのまま女を後部座席に押し込むと、その後ろから省吾が乗り込みドアを閉めた。北川がエンジンをかけ、地面に倒れている男たちを残してその場を立ち去った。
 三分で作業を終えた。

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