ハイエナたちの掟 10
シャブ中でガリガリに痩せ細った、骸骨のような女をイメージしていたが、目の前のりりぃはシャブ漬にされているとは思えないくらい艶っぽく肉質感のある身体をしていた。痩せると女は売り物にならない。痩せさせずに薬で女を支配できるように、シャブをうまく使っている。
「寒い……寒いよう……お願い、薬をちょうだい……お尻にシャブの浣腸をして……」
しばらくシャブを与えられていなかったりりぃが、禁断症状に苦しみ始めた。
「ケツからぶち込まれとったみたいやな」泉谷が口からタバコの煙を吹きだした。
「注射は跡が残るからな。気味が悪いと嫌がる客も多いんだよ」
りりぃは部屋の隅にうずくまって一人で苦しんでいる。腰にバスタオルを巻いたナオミが、省吾の横に立ったまま目を背け、りりぃに近付こうとしない。
「ああっ! 虫が! 虫が這い回ってる!」
突然、りりぃが発作を起こしたように暴れ始めた。自分で自分の腕や腹を掻き毟り、皮膚が破れて血だらけになる。ナオミは、恐怖に引きつった顔で後ずさりし、りりぃと距離を取った。
「お前がこの女をこないにしてもたんやろ」
「私とちゃう!」そう言ってナオミが涙目で泉谷を睨んだ。
「吾妻がこの女のお尻にシャブいれてたんや」
そういって、ナオミが自分の腕をさすった。目の前で苦しむりりぃを見ていて、全身の血管の中を小さな虫が無数に這い回っているような掻痒感に襲われたようだ。
「薬! 薬を頂戴! 何でもするからああああっ!」
りりぃがわめき、省吾の足元まで這ってきた。
「ねえ、薬を頂戴! どんなに恥ずかしい事でもするからあっ!」
りりぃが必死の形相で、足元にすがりついてくる。
「どないすんねん」泉谷が戸惑い気味の顔を向ける。
「とりあえずシャブを抜く」
「こないになってもたら、手に負えんで」
「やれるだけやってみる。この状態じゃ、クライアントにも引き渡せない」
省吾はポケットから錠剤の入った瓶を取り出すと、ふたを開けて掌に五錠ほど乗せた。それを見ていたりりぃの表情が変わった。
「薬!それ、薬なんでしょ!」
りりぃが飛び上るように立ち上がった
「ああ、そうだ。ただし、注射じゃない。飲むタイプだから効き始めるまで時間がかかる」
「お願い、頂戴!」そう言うやいなや、省吾の腕に飛びつき睡眠薬の錠剤を奪うと、口の中に放り込んでがりがりと噛み砕いた。苦い薬のはずだが、満足そうに表情を緩めている。
「効いてくるまでベッドに横になるんだ」
さっきまで禁断症状に苦しんでいたりりぃが、穏やかにベッドの上に横になった。プラシーボ効果はシャブ中にも表れるらしい。
「水を飲むといい」
ミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡すと、りりぃがうまそうに喉を鳴らしながら水を喉に流し込んでいく。
ベッドに横になったりりぃが、やがて完全に沈黙した。りりぃの規則正しい呼吸が部屋に響く。
「お前にも責任がある。この女からシャブを抜くのを手伝え」
「なんで私がそんなことせなあかんのん。この女にシャブ食わせたんは吾妻やゆうてるやろ」
「この女の世話をしてきたんじゃなかったのか?」
「この女が逃げんように見張るんが、私の仕事や」
「あんまり阿漕なことゆうなや。このままこの女が死んだら、化けて出てくるで」
泉谷の言葉にナオミが表情をこわばらせた。自分の行為に後ろめたさを感じているからか、裏社会で生きている人間には信心深いものが多い。
「女の手足を縛るんや。目ぇ醒ましたらまた暴れよるからな。その前に、この女のパンツを脱がすんや」
「なんやのん。輪姦す気なん?」
「あほ、ベッドにくくりつけたら、トイレに連れていかれへんやろ。ベッドの上で糞と小便とかさせやなあかんねん」
そういって、泉谷がにやけた顔でりりぃのスカートを脱がせ始めた。
「私がやる」といって泉谷を押しのけ、ナオミがりりぃのスカートを脱がせ始めた。ナオミの尻の輪郭がバスタオルを通してくっきり浮かび上がっている。玲子に脅されて失禁してしまったナオミは、下着を脱ぎ捨て下半身をバスタオルで隠していた。
泉谷が差し出したタオルをナオミが黙って受け取った。下半身裸になったりりぃの手足をタオルで縛ると、タオルの一方をロープに括りつけ、括りつけたロープのもう一方をベッドの脚に結わえた。
省吾はポケットからタバコの箱を取り出し、一本を取り出して口に銜えた。火をつけて大きく肺に吸い込む。吐きだした煙で部屋に一気に靄がかかる。
「北川はクライアントと連絡が取れたのか?」
「女を取り戻しことは伝えたらしい。その後のことはまだ聞いてへん」
泉谷は省吾の手からタバコを一本取って抜き取って口に銜えた。
「ただいま」
玲子が部屋に戻ってきた。
「パンツ買ってきたったで。いつまでもノーパンやったら風邪ひくやろ」玲子がナオミに買い物袋を放り投げた。ナオミは玲子を睨みつけると、買い物袋を手に取った。
「これはこっちの女用や。あんた、穿かせたり」大人用のおむつをナオミに投げつけると、玲子が省吾の横に腰をおろした。
「いつまでもこっち睨んでやんと、はよおむつつけたりいな。ベッド汚したらあんたに舐め取ってもらうで」
睨みつけてくるナオミを一喝すると、玲子が省吾の肩に身体を預けた。
ナオミは袋の封を破って中から紙おむつを一つ取り出すと、剥き出しになっているりりぃの下半身につけた。そして下着の入ったレジ袋を持つと、黙って隣の部屋に入って襖を閉めた。
「重ちゃん、ご飯食べておいでよ。二時間くらい帰ってこんでええから」
「なんや、変な猫なで声出しやがって。俺に内緒でなにする気やねん」泉谷が意味あり気ににやついている。
「なんもせえへん。通りにある居酒屋で一杯やっといで」
「なんや、優しいな。後が怖いわ」
「あほ」
「まあ、そういうことやったら、ちょっと息抜きしてくるで」
背を向けて玄関を出ていく泉谷に、玲子がいってらっしゃいと笑顔で手を振った。
「あの女、あとでまた苛めてもええか?」泉谷が玄関から消えるや否や、玲子が省吾の股間に手を這わせた。
「また、悪い癖が出てきたな」
「あの女はマゾや。うち、これまで女もようけ抱いてきてるんや。マゾの女はすぐにわかる」
「タイプなのか?」
「生意気な女を苛めて調教して奴隷にするんが、私の楽しみなん、知ってるやろ」
「傷を負わせなけりゃ、なにをしてもいいさ」
「あの女、私好みに仕込んだるわ」玲子が目に妖しい光を浮かべてナオミが着替えに入った部屋の襖を見ている。
「さっきあの女苛めたから、身体が火照ってんねん」玲子がすり寄ってきた。豊かに実った乳房を省吾の腕に押し付けてくる。
「隣の部屋にあの女がいるだろう」
「ええやんか。あの女縛って床に転がして、その横で思い切りふたりでオメコしてるとこ見せつけたろうな」
「今はまだ仕事中だ。この女もじきに目を覚ます」そういって、りりぃに目をやる。
「つまらんなぁ」
玲子は立ち上がると冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを引いた。
目を覚ましたりりぃは、なおも覚せい剤の禁断症状に苦しんだ。昨夜ほど大声は出さなくなったが、ベッドの上で苦しそうに呻きながら体をくねらせている。苦しむりりぃを見て、ナオミは涙を流していた。自分たちがこの女にどれだけ酷いことをしたのか、いまさら思いしっているようだ。
りりぃが急に眠るように大人しくなったので、ナオミがりりぃのおむつを素早く交換した。
「しばらくすると、意識がもうろうとしてきて大人しくなる時期だ。昨日みたいに苦しむことはないだろう。明日には手足の拘束を外してやれる」
携帯電話がなった。北川だった。
「さっき、クライアントから連絡が入ったで。明日にでもさっそく迎えにいきたいとゆうてるんやが」
「今来てもらってもまともに話なんてできる状態じゃない」
「俺たちの都合やないやんけ。クライアントがそうしたいゆうてんねんやったら、希望通りしたったらええねん」
確かに北川の言う通りだ。これは仕事だ。必要以上に目の前の女に感情移入する必要はない。
「わかった。明日、クライアントを連れてきてくれ」
翌日には女の症状はだいぶ落ち着いてきた。ナオミがりりぃの手足の拘束を解いた。床に降りたりりぃは恥ずかしそうにバスタオルで裸の下半身を隠した。
部屋の隅でりりぃが下着を着け終わったとき、玄関のベルが鳴った。足音が近づいてきて、女がリビングを覗きこんだ。
まだ若い。二十二、三歳といったところか。
この仕事の依頼人。以前、店に来た女だった。
「お久しぶり」
「やはり、あんただったか」
「やはりってことは、私のこと知っていたの?」
「あの時のあんたは店を探りに来たって感じだった。探りに来たのは店ではなく俺だったんだろうが」
「いい店ね。昨日行ってきたのよ、あなたのお店に。可愛い女の子が店番をしていたわ」
女の言葉に横に立っていた玲子の身体がぴくっと震えるのがわかった。
「バイトを雇ったんだよ」
省吾は女にそう言うと、玲子の顔を見ないように部屋の隅でうずくまっているりりぃの手をとって女の前に連れてきた。
「誰を連れ込んだんや」
玲子が唸るような声で囁いた。背筋に冷たい汗が流れる。
「だから、バイトを雇ったんだよ。しばらく店を空けるんでな」
「この仕事が終わったら、確認に行かせてもらうで」
「いい歳して子供じみたことはやめろよ」
玲子がいきなり省吾の股間を鷲掴みにした。
「私の機嫌損ねてみ。これ、引っこ抜いたる」そういって、握りしめた手に力を入れた。
クライアントの女がりりぃを覗きこんで怪訝な顔を向けた。
「誰?」
りりぃを見た女が眉を潜めている。
「あんたが探してほしいって言っていた女に決まっているだろ」
「知らないわよ、こんな女」
まさか、人違いか?
「妹はまだ十七歳なの。この女、どう見ても二十歳過ぎよ」
探していたのは妹だったのか。
「最近の女子高生には成長の速いのも大人びたのもいるんだ」
「そうや。スナックも成人と間違うてホステスに雇うくらいなんや。ぱっと見いではわからん」
玲子が憤慨して口をとがらせた。このクライアントは明らかに彼女が嫌いなタイプだ。
クライアントが黙って写真をバッグから写真を取り出して突き出した。
「こりゃ、かわいい子やなあ」
泉谷が感心して頷いている。確かに、清楚な娘に見える。
「先日受けとった写真と違うな」
「移り方でイメージが変わっただけ。それに、この女は渡した写真とも全然違う。明らかにあなたたちのミスよ。それでもプロなの」
女になじられても、返す言葉がなかった。明らかにこちらの確認ミスだった。まさか、同姓同名の女が同じ組織にいるなんて。
「本間千賀子って女は他にいるのか?」
省吾はナオミを見た。
「千賀子って女が組長に監禁されていたぶられているってゆう話は聞いたことあるわ。組長のお気に入りらしいで。女もいたぶられたら感じるタイプらしくて、組長もえらい気に入っているゆうとったわ」
「チカはそんな子じゃない」
クライアントの女の涙声が響いた。清楚な妹が薄汚い中年男の体液で穢されている場面を想像しているのだろう。生意気な女だが、少々気の毒になってきた。
「あの男は変態なんや」
ナオミの呟く声に、女が両手で顔を覆った。
「でも人形のように可愛がっているとも聞いたことがあるで」
「すぐに見つけて連れてくる」
省吾が悔しそうに拳を握り締める横で、シャブが抜けたりりぃが、放心したようにぼんやりした目で天井を見つめていた。