ハイエナたちの掟 15
涼子のアパートは、近鉄今里駅から歩いて五分くらいの所にあった。壁に白いサイディングを施した小綺麗な二階建てが、細い道路に面している、単身者用のアパートだった。周りは大阪のみならず全国的に有名なコリアンタウンが広がり、食べたいと思ったことはないが、犬鍋を供してくれる店もある。アパートの先には売春街の今里新地が広がっている。
千賀子が行方不明になってから、両親は心労のあまり体調を崩してしまった。特に母親は憔悴しきってしまい、毎日泣いて暮らしている。
汚されていてもいい、生きていてくれさえいればいい。妹の心に負ってしまった傷は私が癒して見せる。
涼子は二階まで階段を昇ると、二〇二号室のロックをはずしてドアを開けた。
バッグを玄関わきのシューボックスの上に置き、ダイニングに入る。
異臭がした。食べ物の腐ったような饐えた臭いだった。この部屋で食事は取らないので生ごみはないはずだ。ダイニングの奥の部屋に、シャツや下着が乱雑に散らばっているのが眼に入った。
頭の中で警笛が鳴る。踵を返して玄関に突進した。突然、浴室の脱衣室のドアが開いた。伸びてきた手に髪を掴まれ、涼子はそのまま後ろに引き倒された。
奥の部屋のドアが開いた。蛙のような腹を突き出した醜い男が、下卑た笑いを浮かべている。この男が匂いの発生源のようだ。男が爪先で散らかった下着類を脇に押しやりながら部屋を出てきた。後ろに若い男が続いてくる。
「部屋を散らかして悪かったな。ちょっと探しもんしとったんや」
「どうしてここがわかったの?」
涼子は男たちを床から見上げた。
「わしらは必要なことは何でも調べるんや。あんまり甘うく見てもろうたら困るで」
男が涼子の髪を掴んで引き寄せた。鼻を近づけてくる。口から魚の腐ったような匂いがする。
「ええ匂いや。清楚な、花の香り。少女のような匂い。チカちゃんの姉ちゃんだけあるわい」
涼子が目を見開いた。
「ち、千賀子を攫ったのは、あなたなのね」
「おお……。ええのお。女の絶望的な叫びは」
男が涼子のブラウスの胸元をつかみ、乱暴に引きちぎった。涼子が悲鳴をあげる。胸がはだけ、真っ白な肌が艶かしく覗く。
「ええ女や……。どや、お前ら、溜まっとるやろ。あとでじっくり味わせたるで」
周りの男たちが欲望のこもった目で、舐めまわすように涼子を見つめている。
「どうせ逃げられへんねんから。みんなで楽しませてもらうからな」
醜い男の手が涼子の首筋から懐に入り込んだ。男の冷たい手が、するり、と肌をなぞる。身の毛のよだつ感触に、涼子の身体がビクリと跳ね、悲鳴が上がる。
「うるさいわい」
男は床に落ちていた涼子の下着を口に押し込んだ。
「ぐぅっ!」
息苦しさと悔しさに涙がこぼれる。
男は下卑た嗤いを浮かべ、涼子に跨ったまま彼女を見下ろすと、ぺろり、と胸元を舐め、涼子の熱い首筋に顔を埋めた。
涼子は必死に力の入らぬ身体で抵抗する。身を捩り、手で男の身体を押しやる。が、醜い男は抵抗を楽しむかのように、涼子の耳に唇を寄せ、囁く。
「大人しくせんと、痛い目見るで」
くくくっと嗤い、男の手が涼子のブラにかかった。ブラが一気に引き剝がされ、真っ白な乳房が、男の眼前に晒された。
「んんんんっ!」
涙を流し、涼子が声にならない悲鳴を上げた。
「隣の住人に気づかれまっせ」
子分らしき男が耳打ちした。
「そやな。まあ、続きはむこうに行ってからやな」
バチッという音とともに、涼子の背中に突然の衝撃が駆け抜けた。よろけて崩れ落ちそうになりながら、背後を振り向こうとすると、再び同じ箇所に焼けるような激痛が走った。
「ぐっ……」
こらえきれず、床に倒れ込む。
薄れゆく意識の中で最後に見たものは、無表情で自分を見下ろす、手にスタンガンを持った若い男の姿だった。
「おいっ、目を開けんかい」
身体を動かそうとすると背中がズキリと痛んだ。瞼を震わせながらゆっくりと目を開く。涼子を覗き込んでいたのは、さっきの醜い男だった。
気を失っていたのは、どのくらいだろう。はっとして、涼子は顔をあげた。頭がズキッと痛み「うっ」と声を出した。
そこは暗い倉庫の中だった。コンクリートがむき出しの床は冷え切って冷たい。暗い倉庫の隅に、ほのかな非常灯がついている。
「これを探してたんや」
醜い男が手にしているのはDVDだった。涼子のパソコンのドライブに入れていたものだった。
「あなた、誰。どうしてそのDVDに用があるの?」
「遠藤リナはわしの大事な金づるなんや。売り込むためにそこそこ金もかけてきた。こんなくだらんことで潰されたらたまらんわ」
「くだらないですって!」涼子が男を睨んだ。「女の子が死んでいるのよ!」
「だから、何やねん。薄汚いヤリマン女子中学生なんぞ、ゴキブリと一緒やんけ」馬鹿にするような目で涼子を見下すと、男が顔を近づけてきた。男の身体から漂う饐えた臭いに顔を顰める。
「あんな女が本当に売れると思っているの?」
「まあ、一瞬だけでも全国区に顔が出たらそれでええねん。あとは、短期間でもええから、アイドルとして稼ぐだけ稼ぐんや。どうせすぐに落ち目になるから、その時はアイドル好きの金持ちのスケベ親父に身体を売らせるんや。女は高く売れるうちに売らなあかんねん」
「ひどいわね。自分のタレントをそんなふうに思っているなんて」
「アイドルなんて誰でもそんなもんや。あんな女どもを清楚で穢れないと思うとるんは、おめでたい包茎男どもだけや。アイドルの裸想像してチンポ扱くことしかでけへんへたれ男どもは、所詮は業界の金づるなんやからな」
男が立ち上がった。手に棒のようなものを持っていた。その先に電極のような金属がついているのが目に入って、涼子はぎょっとした。
「ほう、これが何かわかっとるんかい」
周りを囲んでいる男たちがへらへらと嗤った。
「や、やめて。私に何かしたら仲間に預けてあるDVDの内容が世間に公になるのよ! コピーはまだ何枚もあるのよ!」
「それやったらそれでしゃあないわ。また別の女子中学生か女子高生捕まえて、金かけて育てるだけや。それに、こんなええ女も手に入ったことやし、損はしてへん」
男が手をのばして涼子の乳房を掴んだ。
「やめて!」
「お前をシャブ漬けにして、変態男どもの玩具にして稼がせてもらうで」
男の言葉に涼子が息を飲んだ。
男の合図で三人の男たちがいっせいに涼子に飛びかかった。
「きゃあああああああ!」
悲鳴をあげる涼子を押さえつけ、スキンヘッドの男がのしかかってきた。涼子を床におさえつけた男が馬乗りになり、涼子のブラウスを引き裂いた。薄いブラウスは無惨に引き裂かれ、乳房が闇の中で踊った。
「な……なにをするの!」
「たっぷり可愛がったるからな」
金髪男がスカートを引き破った。 覆い被さってきたこの男の股間を涼子が蹴り上げた。
「うおおお!」
男はうめき、前のめりに倒れこむ。
すばやく押しのけて立ち上がり、ドアに向かって跳躍する。目にも止まらない動きに、男たちは一瞬呆然とした。
しかし、ドアは鍵がかかっていた。涼子はガチャガチャとノブをゆすり、「助けて! だれかあああああ!」と声の限りに叫んだ。
モヒカン男が涼子を取り押さえようと迫った。涼子はその手に噛み付いた。「おう!」と叫び、男がひるむと、もう一方にある非常口へと涼子は逃れようとした。
「このアマっ!」
スキンヘッドが叫び、逃げようとする涼子の髪をつかんで引倒した。